俳句随想
髙尾秀四郎
第 97 回 歌舞伎俳優・坂東三津五郎の俳句
初舞台鈴の音清し春の夜 三由
冒頭の句は十代目坂東三津五郎さんが詠まれた句であり、三みゆ 由はご自身の役者名から一字を取った俳号です。このほかにも一万尺という俳号があります。昨年末の大掃除の際に思い切った断捨離を行い、大量の本や書類の整理を行いました。その断捨離の中で捨てようと思っていた書類の中に、坂東三津五郎さんの俳句に関する記事がありました。その記事はもともといつか歌舞伎俳優の詠む俳句を書こうと思って保管していたものでした。今回はその記事を参考に十代目坂東三津五郎さんの俳句について書かせていただきます。
十代目坂東三津五郎さんは1956年1月23日生まれで、2015年2月21日に59歳の若さで亡くなっています。歌舞伎役者であると共に日本舞踊坂東流家元でもあり、長男は二代目坂東巳之助。また女優の池上季実子さんは従妹にあたります。私生活では二度の結婚・離婚を経て独身でした。同い年で幼馴染の十八代目中村勘三郎との交友ぶりは有名であり、勘三郎さんが2012年12月に急死された際には「人生の半分をもぎ取られたようだ」というコメントを残しています。祖父に当たる八代目三津五郎がフグ毒で亡くなったこともあって、ご自身はフグを生涯食さなかったとか。一方、インスタントコーヒーのCMに出演している時期に出演したテレビ番組でコーヒーを飲んで「やっぱり本物のコーヒーは美味しい」と発言し、慌てて「インスタントでも美味しいのがありますよ」と取り繕ったものの、そのCMの契約更新は無かったという逸話も残っていて、なかなか憎めない味のある人物であったようです。
一芸に秀でた人が他の分野にも通じているということはよくある話で、歌舞伎の名優達が俳句を嗜むということは良く知られています。今回の坂東三津五郎さん以外でも多くの歌舞伎俳優が句を詠んでいます。むしろ俳句は役者の教養や趣味の定番でもあるようです。
九代目市川團十郎
恥かきの素袍やむかし鬼やらひ」
二代目市川猿翁
翁の文字身に添うまでは生き抜かん
四代目・市川猿之助
満月に相輪の影ひとつあり
九代目松本幸四郎
ベゴニアを植ゑて涼しきテラスかな
ここで本筋から思い切り離れますが、私が生涯で(と言っても許される年齢になりました)1枚だけスターのブロマイドを買ったことがありました。そのスターとはオードリー・ヘップバーンであり、中学2年の頃、友人に誘われて「シャレード」という、彼女が主演する映画を見ました。そのキュートで愛らしい姿にすっかり虜になり、生まれて初めて(そして最後に)当時はまだ存在していたブロマイド屋さんに行き、モノクロの写真を1枚買いました。その写真は大学に入る頃まで確かに机の中にあったように思いますが、それから間もなく大学の寮に入り、寮で毎年のように部屋替えがある中で、失くしてしまったものと思われます。そのような経緯でヘップバーンの隠れファンであったことから、俳句を嗜むようになって目にした「東京ヘップバーン」という名の句会には興味を引かれました。この句会はもう存在しないようですが、黛まどかという美しい女性が主宰する句会であり、若い女性が多く参加していることもあってマスコミにもしばしば取り上げられていました。
この黛まどかさんがある新聞社の新春対談で三津五郎さんとご一緒し、その際に誘われてまどかさんの主宰する別の句会「百も もよ夜句会」に坂東三津五郎さんも参加するようになったとのことです。この「百夜句会」の名前は、小野小町の許に百夜通うと約束した深草少将が九十九夜目に死んでしまった逸話から取ったとのことで、必ず恋の句を1句詠むというルールのある句会であったそうです。その句会で詠まれた三津五郎さんの恋の句には次のようなものがあります。
長き夜に君の名百も書きにけり
一枚を別に仕舞いし賀状かな
句友とも云へぬ仲なり三の酉
凍鶴のそのひと足の危ふさは
最後の「凍鶴」の句は黛まどかさんの「会いたくて逢いたくて踏む薄氷」という句の相聞歌を意識して詠まれた句のようです。この句会にはまた数学者の藤原正彦さんも参加されていて、三津五郎さんが初めて参加された際に藤原さんが詠んだ「一万尺駒草息ととのえる」から三津五郎さんの俳号「一万尺」が生まれたとのこと。
三津五郎さんの句には四季折々の風情や舞台と結びつけて詠まれた句が沢山あります。
見渡せば春の光や蕨かな
初芝居心弾ませ花道へ
花冷えや襟を正して座布団に
散る桜残る舞台の白拍子
夏芝居音羽の森を思ひ出す
涼風に袖を揺らして踊りけり
風の盆唄にのせたる人の恋
名月や舞台を照らす神の灯り
月見酒友と語らう宵の席
年忘れ舞台袖にも松飾り
そんな三津五郎さんは2013年の夏に膵臓癌が見つかり手術を受けます。病床の句には次のようなものがあります。
点滴と空を左右に獺祭忌
待宵も良夜もひとり光沁む
病室を抜けて親子の日向ぼこ
そして名優・三津五郎さんは惜しまれながらも2015年2月21日にこの世を去ります。最後は三津五郎さんの俳句の師である黛まどかさんが三津五郎襲名披露の時に詠まれた句で締めくくりたいと思います。
花道に男が消えて冴返る まどか