一句一筆 第九十八号より
白根 順子
休日の刑事ドラマや長閑なり 寺田 順
この文章を書いている今日は大阪場所の十日目、そして東京ドームでメジャーリーグの第一戦がオープンします。順さんも勿論テレビ観戦されることでしょう。近頃のテレビドラマは刑事ものが多く、「警視庁捜査一課長」「相棒」「おかしな刑事」など沢山ありますが、順さんは休日に録画を見ているのかも知れません。生活感がありながら、「長閑なり」という季語の斡旋も一句をしっかりと纏めています。
「吉野」とう茶碗や花の茶席にて 樋田 初子
初子さんは名園で茶席をもたれる茶道の師匠で、そのお茶席にお招きいただいたことがあります。掲句は初子さんが主客として参加されたお茶席の一句と拝見しました。「御銘は」「吉野と申します」花の頃の茶席での何と雅な会話でしょう。俳句を続けておられるのは、茶道あってのことなのかと、失礼ながら思いました。
初島の幾度かぎろう春の海 戸田 徳子
湘南の高階施設にお引越しされた徳子さん。海の風景を詠まれて飽きることがありません。初島は首都圏から一番近く三六〇度海に囲まれた魅力的な島ということで人気があります。はっきり島が見える日、見えない日、お天気判断が出来るでしょう。「海の碧見て一鉢の芽吹きけり」これからの徳子さんの句材に海は欠かせません。私達の知らない海の変化を教えていただきたいものです。
目の底に奈落を湛う康成忌 橋本 里子
新感覚派の代表作家川端康成の忌日の作品です。明治三十二年生まれの文化勲章受章者。一九六八年に日本人初のノーベル賞を受賞しました。昭和四十七年ガス自殺でこの世を去りました。里子さんは康成の作品を数多く読まれておられるのでしょう。しかしこの一句は時事句でもあります。物事のどん底を見せる世界状況は康成の絶望と重なります。少々どっきりさせられました。
充分に今を生ききり一輪草 浜田天瑠子
「ファッションのページをめくる春隣」「外出のおしゃれ楽しや春帽子」などの作品に見られるように、天瑠子さんは専門的に服飾を学ばれたお洒落な方です。色々な怪我も負われましたが、その都度みごとに回復されています。茎を一本だけ出し、そこに一輪の花をつける一輪草のすがたに、充分動いて働くことの出来る今の幸せを重ねています。
蔦若葉巨岩を背負う甍かな 藤本 嘉門
嘉門さんは徒で四国八十八か所の霊場を十周され、総距離は一万キロにもなるというご立派な方です。掲句は四十五番札所の岩屋寺での一句です。ネットで岩屋寺を検索すると、まさに巨岩がお堂に覆いかぶさる如く聳えています。十四五年前、嘉門さんは私の夫に病気平癒のお守りを受けてきて下さいました。岩屋寺は私にとっても身近に感じる霊場となっています。
紫雲英田の痩せてやせゆく国土かな 宮本 艶子
紫雲英は春の田園風景には欠かせない花の一つです。家畜の飼料にするために古くから栽培されていました。子供の頃、摘んだ紫雲英で首飾りを作って遊んだものですが、近頃紫雲英畑を見かけません。時は大地を変えてゆくという事ですが、工業化された地を「痩せゆく」と捉えたのは艶子さんの郷愁でしょう。「生き直すひとりの覚悟青き踏む」の一句にも惹かれました。新しい人生がお幸せであることを信じて。
漸くに揃う手拍子花筵 森川 敬三
今日はお彼岸の中日、テレビは各地の開花予想日を報じており、またNHKは「運転席からの風景―絶景の桜」の特集を組んでいます。敬三さんの一句はお花見の風景で、「漸くに揃う手拍子」が上手い表現です。仕事で遅れてくる人を待って嫩草の広がる中、さてこれから乾杯ということでしょう。以前、お花見の場所取りは新入社員でしたが、いまはパワハラといわれます。花をめでる心に今昔はありません。
桜草ひとかたまりに和み合ひ 柳瀬 富子
サクラソウは昭和四十六年十一月五日に埼玉県の県花に指定されました。浦和市田島ケ原には自生地があり、国の天然記念物にも指定されています。花言葉には「初恋」「憧れ」「信頼」などがあるようですが、掲句の「ひとかたまりに和み合ひ」は言い得て妙な表現です。穏やかで慎ましやかな富子さんの日常生活を垣間見る思いがしました。
かぎろいの野に言の葉の沸き出でん 山田他美子
うららかな春の日、野原が揺らいで見える現象が陽炎、かぎろいです。日差しの強い夏の海辺でも見られる現象ですが、その情趣が春の日の気分に合うことから春の季語となっているのでしょう。徒歩で自然に触れ、何千歩も歩かれるという他美子さん。句帳をポケットに、いざ出発。「あした誌」の校正を担当され、気が重いことでしょうが、どうぞよろしくお願いします。
数々の校歌に詠まれ山笑う 渡部 春水
春の選抜高校野球が始まりました。甲子園の土を踏むということは並大抵の練習量ではなかったはずです。勝利して歌われる校歌の何と誇らしいことか。その校歌には春水さんが言われるように、〇〇山という歌詞が多いことに気が付きました。まさに山は大きく笑っていることでしょう。海を渡った大谷翔平、佐々木誠也、藤浪晋太郎は高校野球の同期ということですが、日本人選手の活躍にこころ弾む思いです。
蒲公英の和洋展ごる利根河原 青木つね子
春の野原といえば誰でも蒲公英を想い泛べます。その蒲公英には日本古来の在来種と西洋から飛来した西洋蒲公英があります。つね子さんの「和洋展ごる」とはこの二種類の事でしょう。つね子さんがご実家に近い利根河原で遊んだ頃の蒲公英はほとんど日本蒲公英だったと思います。いまは双方が「ルーツ決めたる地の根張り」とばかりに展ごっている利根河原の風景が見えるようです。