俳句随想
髙尾秀四郎
第 78 回 仕事と俳句
輪転機止まりたしかにお元日 冬男
冒頭の句は冬男先生が産経新聞の記者であられた頃、大晦日に当直となり、社で元日を迎えた時に詠まれた句です。俳句は必ずしも休日や吟行で詠むものではありません。日常の生活の中、会合や仕事中でもふと浮かんだ発想や様々な出来事に触発されて詠むことがしばしばあります。今回は仕事の合間に詠んだ句や仕事の中で生まれる句について書いてみようと思います。
思えば社会に出て、会計監査という職業に就き、その後同じ外資系事務所内のコンサルティング部門に異動して、企業経営のコンサルや事業化のサポートを行う中で、そのクライアント(顧客)の社長から誘われてその会社の管理部門の責任者となって多忙を極める内に胆石症を患うこととなりました。生まれて初めての病気による入院をしたことを切っ掛けに俳句を始めています。丁度40歳の頃でした。冬男先生が新聞記者という多忙な職業に就きながらも文学への夢を捨てきれず、かと言って小説を書くほどの時間的余裕のない中、俳句を詠み続けられたように、多忙な社会人の私にとって俳句は手頃な文芸でした。あしたの会が俳句と共に座の文学である連句の実作も行う結社であったことから併せて連句も巻くようになりました。
こうして仕事と俳諧(俳句と連句)はONとOFF表と裏、動と静、公と私のように自らを構成する両面として今も同時にこなしています。すでにそうすることが習性となっているため、どちらかだけという選択肢は考えようがありません。句の材料はそこら中にあって、歩いていても会議中でも資料作成や部下の指導や出張時、接待等あらゆる場面に見つけることができました。ちょっとしたメモや記憶に基づいて句を詠めるようになっています。むしろメモを取るというよりも、事象を表現する言葉が自ずと5音、7音で浮かんでくるようになっているため、そこに季語を加えれば句になるという方が正しいかも知れません。
一方俳句は自分を客観的に見る手段でもあります。それゆえ詠んだ句はあたかも定点観測で自分を見るスナップ写真のようでもあり、それらを時系列に並べれば、自ずと自らの変化が見て取れます。
句の良否、巧拙という観点から見ると、仕事が好調な時に良い句ができる、気分の良い時に良い句が出来るというような相関関係はないように思います。むしろ逆かも知れません。逆境の方が多くのことを考えるため、その思考の中で新たな視点や達観を持って季節や事象に接するので良い句が生まれるように思います。そう考えると、俳句を、仕事をしながら詠む、とか休みの日に詠むとか、旅行に出かけるから詠むというよりも、むしろ「生きているから詠む」と言う方が適切であるように思います。
仕事を、収入を得る手段と考えるならば、そう遠くない将来にその意味での仕事は辞めることになろうかと思いますが、報酬のない仕事もありますので、今後とも何かお役に立つという意味での仕事は続け、その良き相棒でもある俳諧を続けたいと思っています。仕事とは要するに人と人との繋がりであり、他者へのお役立ちですので、お役立ちの活動をしながらの作句の方がむしろ人に対する情や思いを自然に吐露できるのではないかと思っています。
今から30年以上前、冬男先生が主宰されていた俳句結社あしたの会に入会した頃から俳句を詠むために句日記を書き始めました。そこには詠んだ句の背景や思いが綴られていました。その句日記はやがて日記に変わり日記が主で俳句は従になりました。そのうち、自らの人生の流れを把握しようと日記とは別に自分史の形の年表を作るようになりました。そこには概ね10年単位の禍福の波があることに気づき、そのことはまた運命学の理論とも一致していることを知りました。更に時系列で詠んだ句を表計算ソフトに打ち込み、季節別、季語別に分類できるようにもしました。そうすることで、運命の禍福とその時々にどんな句を詠んでいたかも分かるようになりました。句は正直なもので、その時々の心境や境遇を鏡のように写していて、その頃の記憶を蘇らせてくれます。
今回はそんな自らが詠んだ句の一覧から、明らかに仕事中や仕事に関連して詠んだと思われるものをピックアップし、その中から25句を選び出して、更に四季と新年に分類して掲載してみました。期間的には1991年から2019年までの28年間ですが、最初の頃の句には仕事に関連すると思われる句がほぼありませんでした。当初は仕事から離れた世界で句を詠んでいたようです。しかしその後徐々に日常的に仕事の中の句を詠むようになってきています。そのため、同じ春の区分の句には28年間の春があると思ってお読みください。
仕事始めまずEメール開きけり
初東風や戦士の貌を崩さざる
自分史の一行を生き年一夜
新年会入社同期という集い
笑顔には少年潜む新社員
納税期数字の語る我が生た つき活
開花宣言研修の日の携帯で
終日会議手折りの桜活けし部屋
春あけぼの徹夜の窓をほのぼのと
忙事終え花の名残の神田川
大汗のビル街に見し白昼夢
乗り越し駅のホームの静寂夏きざす
西日落つ激闘の日を焼き尽くし
ポケットにクリップ一つ青葉闇
夜の秋勝ちとは言えぬ戦終え
秋深む敗者復活などなき世
節電に昭和の記憶暮るる秋
身に沁むや株屋の街のFor Rent
仕事納め礼深々と客去りぬ
寒きびし紙面「不況」の文字に満ち
転職を落葉の道で決めにけり
底冷えの日に三行の辞表出す
生き様は脱ぎしコートの皺の数
生なり業わいも業ごうのひとつや朝時雨
シンガーソングライターの竹内マリアは都会的なお洒落で粋な詩とメロディーで世代を超えたファンの支持を集めています。彼女が大切にしている言葉に「日常こそがPrecious」があります。私にとって仕事は日常の一部であり特別な時間ではありません。従って仕事の中で詠んだ句は確かに仕事の中では詠んでおりますが、他の句とさほど違いがないように思っています。