俳句随想
髙尾秀四郎
第 56 回 絶滅危惧種季語・夏
蒸炒や集えば叩き合う俳句 夏井いつき
冒頭の句はほぼ絶滅したかと思われる季語を使って詠んだTVの人気俳人である夏井いつき氏の句です。ガラパゴス現象という言葉があります。日本で生まれたビジネス用語のひとつであり、孤立した環境(日本市場)で「最適化」が著しく進行すると、エリア外との互換性を失い孤立して取り残されるだけでなく、外部(外国)から適応性(汎用性)と生存能力(低価格)の高い種(製品・技術)が導入されると最終的に淘汰されるという説明がつき、「だから日本は駄目なんです。」という自虐的な結論が導かれる枕詞になっています。
ガラパゴスは東太平洋上の赤道下にあるエクアドル領の諸島で絶海の孤島であるため、そこで生まれた種は独自の発展をし、他のどの地域にもない特別な種の生き物となっています。このガラパゴスという言葉の応用例の一つに「ガラケー」があります。「ガラパゴス化した携帯電話」を縮めた表現で、NTTドコモが独自に開発したOSで動く、とても軽快でコストパフォーマンスも高い携帯ですが、互換性がなく、スマートフォンに押されています。しかし根強い人気があり、特に操作が容易なため、高齢者や通話機能を中心に使うユーザーは敢えてこのガラケーを使っています。
さて季語の世界に目を転じると確かにほぼ使われていない季語、または自らがほぼ詠んだ試しのない季語が多く存在します。テレビの人気番組で芸能人を相手に俳句の添削をなさっている夏井先生が書かれた夏井先生が書かれた本に「絶滅危急季語辞典」という本があり、その続編は「絶滅寸前季語辞典」という題名で、すでに文庫本にもなっています。私達が日頃目にしている季寄せにも掲載されていないような更にマニアックな季語が沢山集められています。例句さえも無い季語に関しては彼女が自らその季語を用いて句を作るという対応をされていて、珍しい季語に魂を吹き込むような企画の本に仕上がっています。
これから数回に亘り、この本で紹介されている絶滅が危惧される季語を取り上げ、その季語の生い立ちや時代背景、そして折角ですのでその季語を生かした句を捻ってもみたいと思っております。まずは夏の絶滅危惧種季語から興味をそそられた季語をピックアップしてみます。
その前に、希少季語を概観すると概ね次のような背景が浮かび上がってきます。動植物に関しては地球環境の変化や人による乱獲によって極端に減少した結果、希少季語になったもの。また技術の進歩や生活様式の変化に伴って見当たらなくなったものも多数ありました。しかし一方で偶然にもスポットライトが当たり、俳人が好んで詠むようになって脚光を浴びるものもあるようです。先日句会の兼題とした「探梅」などもその部類に入るかと思います。このところの国会審議の中で、読み方さえも覚束なかった「忖度(そんたく)」と
いう言葉がにわかに脚光を浴び、新聞や週刊誌の見出しにも載るようになって、一般的な言葉の仲間入りを果たしたように、今後希少季語が突然スポットライトを浴びることがあるかも知れません。また英単語では難易度という切り口でレベル分けした単語集があります。その中では明らかに難易度の高い部類に属している「abandon」(捨てる、見捨てる)という単語は、どんな劣等生でも知っている単語であることもまた間違いのない事実です。なぜならば単語集のトップに掲載されていて、ほとんど勉強をしない生徒でも、まずはこの単語を目にし、記憶するからです。このように希少季語は環境の変化や時代の変化のみならず、突然のスポットライトや季語集の掲載の位置によっても希少性を持つか否かが決まるようです。それは人にも言えることで、何故この人がと思う人が結構な地位や名誉を得ていたり、何故この人がこの場所や地位にくすぶっているかと訝しがることがあるのと一脈通じるものがあるように思います。
さて、希少季語に戻り、夏の希少季語から今回は次の5つの季語をピックアップしました。季語が最も多い季節が夏であることから、希少季語の数もまた夏が最多でした。それでもその字面からなんとか意味を推測することができましたが、この5つは全く箸にも棒にもかからないお手上げの希少季語でした。
「牛の舌」「定斎売」「蒸炒」「毒瓶」「和静の天」
・「牛の舌」(うしのした)
フランス料理の定番になっていてムニエルで供される舌平目の傍題です。
・「定斎売」(じょうさいうり)
定斎薬という薬を売り歩く者のこと。夏に疫病やおなかをこわすことが多いことから薬売りが夏場に活動していたのかと思います。豊臣秀吉の前で猿楽を披露して目をかけられ薬種の商いを認められた村田定斎の名を取った定斎売りを起源とする季語とのことです。
・「蒸炒」(じょうそう)
夏の異名。言われてみれば蒸して炒められるような暑さが伺える言葉ではあります。夏井氏は中華料理の新メニューかと思ったと書かれていますが、確かに至極ごもっともと思いました。
・「毒瓶」(どくびん)
夏の「虫」や「昆虫採集」という季語に呼応する季語で、採集した虫を殺すために昆虫採集の籠の中に入れておくもの。
毒瓶をかたりと置いてふり向きぬ 夏井いつき
・「和清の天」(わせいのてん)
「清和」の傍題。何故清和を「和清」にしたかというと、西暦800年代後半に即位されていた清和源氏の始祖である清和天皇の御名を憚って逆にしたという記述があるようです。ちなみにあした季寄せでは初夏に「清明」があり、その傍題としての「清明の天」があります。
朗詠や和清の天という真青 夏井いつき
今回、私が全く推測すらできなかった希少季語の多くが傍題であったことを考えれば、季語の中に含められている傍題の多くが絶滅するということがまず起こって、そのメインの季語も絶滅するという過程を経るのかも知れないと思った次第です。
短夜や絶滅季語の面白く 秀四郎