俳句随想
髙尾秀四郎
第8回 蛍の句
死のうかと囁かれしは蛍の夜 真砂女
鈴木真砂女の詠んだ蛍の句です。鈴木真砂女という女性は一九〇六年(明治三九年)に千葉県の鴨川に生まれ、初めの結婚で女児をもうけるも夫は失踪。その後義兄と心ならずも再婚し、家業の旅館の女将となります。そして迎えた三十歳の時、運命の人と出会います。店の客として来た、七歳年下の海軍士官と恋に落ち、家出をします。一旦は家に戻りますが、彼女の恋人への思いは消えません。出会いから二十年経った五十歳の時に離婚して独立。銀座に「卯波」という小料理屋を開きます。店名の由来は彼女の句「あるときは船より高き卯波かな」です。今は区画整理で虎ノ門二丁目などという画一的な地名になっていますが、かつては明舟町という地名の、今でも古いしもた屋の残るところにあった六畳一間の住まいで一年間恋人と一緒に暮らします。その部屋を詠んだ句に「黴の宿いくとせ恋の宿として」があります。その後、家に戻らざるを得なかった恋人は、やがて脳溢血で倒れ、見舞いにも行けぬまま死んでしまいます。「かくれ喪」という彼女が作った造語の形でしか恋人の冥福を祈ることができなかった葬儀のことを「かくれ喪にあやめは花を落としけり」と詠んでいます。平成十五年三月、享年九六歳で逝去。晩年の句に「今生の今が幸せ衣被」があります。
彼女の波乱万丈の人生は丹羽文雄の「天衣無縫」や瀬戸内寂聴の「いよよ華やぐ」に書かれていますが、そんな生きざまを知らなくても、冒頭の句は世界中を敵に回してでもこの恋に生きるという、凄みと強さ、切なさが伺えます。
この句は恋の句ではありますが、蛍を詠んでいる点で私にとっては大きく異なっています。恋の句であっても蛍の句は、私の中では特別のジャンルを形成していると言い換えても差し支えありません。そのため、あえて前回の「恋の句」と章を分けました。
私が蛍に特別な思いを持っているのは、私が生まれた環境と無関係ではないと思っています。十歳まで長崎の、東京で言うならば赤坂や六本木に匹敵する思案橋付近に住み、その後、親の仕事の関係で東京に移り住んだ後も、蛍とは無縁の都会で暮らしたため、蛍は映画や絵画の世界のものでしかありませんでした。その後、今から二十年ほど前に東京でもまだ自然の残る町田市に移り住み、車を一時間ほど走らせれば蛍の生息する場所に行けるようになりました。蛍は夏の季語ですが、蛍の季節は梅雨時の六月の後半から七月の始め頃までで、雨が上がって、少しむっとするような湿った空気の日が蛍の出没する絶好のタイミングのようです。その頃には蛍の生息する地域に住む親戚や友人から蛍情報が寄せられます。そして、「今夜あたりがベスト」という情報に基づいて出かけます。初めて蛍を見たのはもう四十歳に到達していた頃であったと思います。ほんの数匹の蛍でしたが、生まれて初めて蛍を見た夜、十を超える蛍の句を詠みました。その後も、蛍の季節にはほとんど欠かすことなく蛍見に出かけ、蛍の句を詠んでいます。
そんな蛍見の記憶の中の一つには、娘の婚約者のご両親との顔合わせの席ということもありました。午後から雨模様となったその日、蛍が窓辺を飛ぶという触れ込みの川沿いの料理屋に行くと、仲居さんが「今日は蛍の出番がないかも知れませんね」と残念そうに言います。さもありなんと思いながら、娘の婚約者のご両親と若い二人のことを肴にして飲んでいると、「蛍が見えますよ」という仲居さんの弾んだ声が聞こえました。障子を明けるとほんの数匹の雨蛍が飛び交っているのが見えました。その時ふと、娘の婚約がつつがなく整い、きっと良い結婚になるに違いないと思ったものでした。 蛍を見たのがかなり年を経てからであったからでしょうか、蛍はこの世を離れたところから飛んで来たり、この世から別の世界に飛んでゆくもののように思えてなりません。どうやら蛍は見る人の心に、違う次元の世界を映し出すようです。冒頭に挙げた真砂女の句もまた、心の中に異次元を浮かび上がらせているように思えます。あの漆黒の闇の中の蛍火は、この世からあの世に導く明かりに違いないと真剣に思わせる何かがあります。
私があしたの会の本部句会の兼題を出す担当となって以降の、平成二十年六月の句会では「蛍」を兼題としました。その句会での秀逸句と特選句を紹介しましょう。
(秀逸)
蛍よ仮の世のかくなまぐさき 順 子
朝の蛍かの後朝の使いとも 芳 雄
わが袖を焦がさんと恋う蛍かな 美智子
蛍くさき互いの指でありにけり 冨 貴
(特選)
無言という言葉の重き蛍の夜 艶 子
特選の選評は次のようなものでした。「この句は極めつけの恋の句である。恋人同士、あるいは夫婦でも良い。二人で蛍狩りに行ってきた。蛍を採る時は蛍を呼んだ。しかし、二人の会話はない。蛍狩りを終えた二人は闇の中に戻ってお互いを思い合った。言葉を軽々しく発する雰囲気ではない。…上五、中七のフレーズ、特に「重き」は量を示す惜辞だ。」
昔の物語の中に、「世界中の鏡の向こう側に別の世界がある」というお話がありました。目の前から消えた人、死んだ人が鏡の中に入り込み、向こうの世界に行くということを、信じてしまいそうになるほど説得力のある話であった記憶があります。別の世界は意外と近くにあるのかも知れません。自らがこの世に生まれてきたということ、地上での人との出会い、それと無縁とは思えない天上の星々のきらめき。ほんの短い時間の中に明滅する蛍火は、人にあり得ないことが起こること、信じられないことを信じてみようと思うこと、全てが偶然と言う運命にしたがっているのかも知れないということ等を瞬時に思わせる何かがあるように思います。邯鄲の夢に、一炊で一生を経験してしまったように、蛍には次元を超えた世界にトリップさせる何かがあるように思います。
今年もまた蛍を見に行こうと思っています。何時見ても美しく不思議と思える蛍火を見て、今年は何を思うのでしょうか?
次の世も逢いたきひとと蛍の夜 秀四郎