俳句随想

髙尾秀四郎

第 91 回  奥の細道・北陸加賀を訪ねて

Colaとうアメリカの波浴びし夏  秀四郎

人生には上り坂や下り坂のほかに「マサカ」という坂があって、思いもよらない事態に遭遇したり、予想もしない展開にとまどったり、時には信じられないような幸運や、夢であって欲しいと思うような悲惨な出来事に出くわすこともあると、本俳句随想第83回の「坂を詠む句」の中で述べました。そもそも俳句は、何らかの意味での非日常的な事象や経験、平凡な日々の中の小さな発見や気づき等を詠むものですが、今回はとりわけ「驚き、感動を詠む句」として、自らの経験も踏まえて考えてみたいと思います。もう人生の第四コーナーに差し掛かっていますので、これまでそれなりにドラマチックな喜怒哀楽を経験してきました。その中で喜怒哀楽とは異なり、自らの五感で捉えた驚きの特筆すべき体験を二つご紹介します。

① 初めて飲んだコーラ
一つ目の経験は中学2年生の夏でした。ボーイスカウトに入隊していて、富士山の麓、御殿場でボーイスカウトの祭典「アジアジャンボリー」が開催され、オーストラリア、ニュージーランド、ハワイ、東南アジア等のスカウトが集まって約1週間のキャンプをし、各国のスカウト同士の交流や富士登山も経験しました。その会場には自動販売機が設置されていて、そこに入っていたコーラという飲み物を生まれて初めて飲みました。それまでも炭酸飲料としてはラムネやサイダーを飲んだことはありましたが、コーラの刺激は余りにも衝撃的で、アメリカ文化に全身を占領されたような強烈なショックを感じたものでした。冒頭の句は、60年後の今、当時を思い出して詠んだ一句です。

② 発売早々に購入したソニーのウォークマン
二つ目の経験は、一つ目の経験から10年以上経ち、すでに会計士として企業の監査に従事していた頃になります。ソニーが「ウォークマン」という携帯出来るカセット再生機を発売しました。価格は初任給の平均が10万円程度という時代に3万円3千円。すぐに秋葉原に行き、買って腰のベルト付近に本体を、耳にはヘッドホンを付けて店を出ました。そしてスイッチを「ON」にした瞬間、クリアな音と広がりに、視線は上に向かい空を眺め心が解き放たれたような開放感を味わいました。そして秋葉原の町が四次元の世界に変わったようにも思えました。多分足取りは軽く、ステップを踏んでいたかと思います。こんな小さな機器で世界が一変するのを実感したものでした。その後のウォークマンの世界的な大ヒットはご存じの通りです。

喜怒哀楽というよりも、身をもって体験した上記2つの経験は、それまで育んできた感覚や築いてきた標準を根こそぎ断ち切り、別の世界に飛ばされたような強烈なものでした。しかしそんなことはそうそう起こるものではありません。ただ一方で、平凡な日々の中でも目を凝らし、耳を澄ませば、新たな発見や変化が容易に見いだせるということも言えるように思います。

そもそも1年という時間の長さが年々早まるという感覚を持つ最大の理由は全ての事がマンネリで感動がないからです。1年間に起きることのほとんどが予測できて、事実その通りになっているので新しいことは無く、従って感動することもないために、滑るように時間が過ぎてゆきます。もしこれが波乱万丈、次に何が起きるか分からなければ、目を皿のようにして見つめ耳をダンボのように大きくして聞き漏らすまいとします。そうなると時間はなかなか過ぎません。もしも窮地に陥っている場合であれば、早く過ぎて欲しいと思うほど、時間は少しも進まないはずです。「言うは易し、行うは難し」ではあるものの、目の前の事象に対して無垢な気持ちで向き合えるならば、小さな変化にも敏感であるならば、時間は無限の広がりを持つのではないでしょうか。そして俳句もまた泉のように湧き出るのではないかと思います。

さて、人に多くを感じさせ感動を与えるような良い句を作るコツとして、藤井國彦氏が書かれた「俳句をつくろう」という本の中には次の5点が挙げられています。

 ① 感動した瞬間をとらえること
 ② 動詞を少なくすること
 ③ さらに省略すること
 ④「切れ字」を使うこと
 ⑤ 言葉を選ぶこと

いずれもスナップ写真のように新鮮で、かつ多くを語らず、用いた言葉自体にも無駄のないという詠み方を勧めているようです。そんな要件を満たしているように思える俳人の句をいくつか拾ってみます。

水打てばそこに夏蝶生まれけり  高浜虚子
通り抜けならぬ露地より金魚売  土居ノ内寛子
屋上は青年のもの雲の峰    石原一折
農継がぬ子が自慢なり耕せる   尾関当補
夫倒る動転の身に祭笛 池田蝶子
痩村と思ひの外の紅葉哉 正岡子規

加えて私が俳句を始めてから2010年までの春に限定して、驚きや感動したことを詠んでいるように思える句もピックアップしてみます。(括弧内は詠んだ年)

逝く春や我が家系図に知らぬ人(2000)
黄塵の町忽然と砂漠めく(2002)
下町に殉教の碑や春の闇(2005)
待つ駅の斑雪舞う闇魔界めく(2006)
すかんぽや空腹という幸ありき(2008)

鞦韆を漕がねば見えぬ空ありぬ(2010)

 「1年間に起きることのほとんどが予測できて、事実その通りになっている」とは言うものの、その詳細に及べば、それなりに千変万化、様々な展開があります。その中で感覚を磨いていけば、多くの発見や感動が生まれ、さらにそれらを言葉に変えることで素晴らしい句や詩が生まれるように思います。

今年の始めに日本航空ではキャビンアテンダント(CA)出身の女性が初の社長になりました。同じくCAで、女性は30歳が定年であった日本航空にあって、経営層にレポートを出して段階的に60歳定年を勝ち取った女性・永島玉枝さんが後輩へ「常に感性のアンテナを働かせていることが大事」と語っていたそうです。今を生きる人に対してのみならず、句を詠む人にも言えるアドバイスではないかと思います。ともあれ、変化を楽しみ、小さな変化にも心を動かして多くを感じ取る、そんな小さい驚きや感動を持ち続ける日々の中で良い句を詠みたいと思っております。