私の一句

髙尾秀四郎

 石鹸玉蹉跌の数を吹きにけり  秀四郎

冬男師がご存命で「俳句四季」の選者を担当されていた頃、冬男先生から特選をいただいた一句です。

そもそも40才にして俳句の世界に入ったのは、会社内の権力抗争に巻き込まれ、体に変調を来して胆石症に罹り、その年末、入院して手術に至ったことがきっかけでした。約1年の窓際の後、私を窓際に追いやった役員が直属の部下の不正の責任を取って辞任し、私はその後取締役に就任して返り咲くというドラマもありました。そんな境遇の中で詠んだ句です。それなりに頑張ってきたと自負する一方で、うまくいった数以上の蹉跌も味わってきたと思っています。春の陽光を浴びながら、キラキラした光の玉を、成功の数よりも多かった蹉跌の数を思いながら吹いている当時の自分の姿が目に浮かびます。