私の一句

矢倉 澄子

 おんばこや背のびをしても知れたもの  つね子


昭和五十五年、友人の勧めにより宇咲冬男先生の俳句教室に入り初歩からご指導を受ける機会に恵まれました。俳句を知るにつれて十七音に籠める奥の深さ、むずかしさを覚えたのでした。あしたの会員となり、五十九年九月号のあした誌に「今月の一句」として掲載されたもので、思いがけないことに感激した記憶が甦ってきます。その折の冬男先生の評として「きわめてありふれた草ながら、土に這う平べったい葉とすくと立つ茎から、背のび、と感じとったのだろう。おんばこに寄せた作者の自嘲ともとれるがしぶとく生きる思いも感じられる」と頂きました。その後のこと先生から「つね子さんの句は冷めた句が多いね」と云われたことがあり、長年数字との付合で情緒に欠けていたのかと考えさせられたのでした。三十有余年を経て今も嘗ての評を胸に、ロマンチストだった冬男先生の面影を偲びつつあしたの標榜する「心象から象徴へ」の作句に勤しんで参りたいと思っております。