私の一句

戸田 徳子

散ることも知らで四葩の無聊かな

宇咲冬男の「俳句道場」二〇〇九年の六月例会で特選に選ばれた一句である。四葩―紫陽花が萎れるまで開き切っているさまを無聊かなと詠嘆、つれづれ退屈であることよしと詠んだことは、作者が詩人になれたと評にある。今までの紫陽花の例句にない独自な句であるとも言って頂き、感性に乏しい私としては少々気恥ずかしい気持であった。其の後想定外の体調となり、気力は失せ感性は更に鈍ったように思う。しかし考えてみると、病いと闘いつつ句作に励んだ俳人は多い。「いくたびも雪の深さをたづねけり」の子規、「雪降れり時間の束の降るごとく」の波郷、石橋秀野や野澤節子も同じ境涯であった。

心象と象徴の何たるか分らぬまま、ただ締切りに追われる日々であるが、五感を澄ませ自分なりの言葉を探したい。四字熟語が大好きなので、ついつい漢語を安易に使ってしまう。平明で柔かい和語を究め、共感してもらえるような句を詠みたいと思う。