私の一句

宮本 艶子

水分(みくまり)にふぶく蛍や宇陀郡(うだごおり)    艶子

ふる里の宇陀には宇太水分神社が鎮座している。春日造りの社殿は国宝。農耕と深いつながりがある山からの水を司る神である。なだらかな丘陵の谷間の集落の小川には水車小屋があった。岩肌には川蜷や沢蟹が多く生息していた。梅雨の頃、青田の上には無数の蛍が飛び交った。収穫後の菜種の枯枝で一掃きすると面白いほど蛍がついてきた。母子家庭を担っていた母は暗くなるまで野良仕事。野良着に蛍をつけて帰ることも度々。それを蚊帳に放って母娘三人で眠った。昭和二十年代の幼少の頃の思い出である。「ふぶく」以外に言葉の見つからない光景も今は幻。私の内でいつまでもふぶく蛍火である。