私の一句

設楽千恵子

 ダリア咲く戦火くぐりし土に生き

最近はダリアの種類も多く、我が庭にも今ポンポンダリアが次々と咲き日々を楽しませてくれている。  私の生家は高崎の少林山達磨寺の北に位置し、榛名山が一望出来る。朧げな記憶だが、戦時中は庭先に掘った防空壕へ空襲警報が出る度に家族と隣人が入って怯え乍ら治まるのを待った。特に前橋に焼夷弾が落ちて夜空が赤く燃えていた事は今も脳裏に残っている。

終戦となり、少し落着きを取り戻した庭には大きな赤いダリアが咲き誇っていた。

当時の食糧難は著しく、農家の我が家にも食糧を求めて、物物交換の買い出しの人が毎日のように訪れ、子供の目にも痛々しく思われた。そんな中、庭 先のダリアは真夏の暑さを余所に人々を励ましてくれた。年を重ねた今、散歩の途中ダリアを見るにつけ、平和の世が長く続く事を願う昨今である。