ミニエッセイ  -思ううがまま-

待ってました!   たっぷり!

髙橋 福八

テレビ埼玉で毎年最高の視聴率を上げている のが「埼玉政財界人チャリティ歌謡祭」。

ソニックホールを満席にして元旦の夜七時 から放映。今年も埼玉県知事、埼玉りそな銀行 社長等十八名が出演。私は第三回から今回の 二十七回まで連続出場の常連である。出し物は 日本の伝統文化浄瑠璃「清元」。清元の音色の素晴らしさと深い情念を多くの方に味わっ ていただきたいと思う一念あるのみ。今年は 名曲「三千歳」。「わずか別れて居てさえも。 一日逢わねば千日の思いに私しゃ煩うて… 」 この聞かせ処で「待ってました! 」「たっぷ り! 」と会場のあちこちから今年は声が掛 かった。涙が出る程うれしかった。

ちぐはぐ

田口 晶子

『あのね、うちのパパこんど遠くへ行っちゃう んだ』「ふーん、それはふりんだよ」

突然 、背後で湧いた。えっ何、ふりん…。何処で教わったの、一体その意味知ってるの、一種の驚愕と滑稽とが頭の中で問答を始めた。

答えた方のM君は、母親も勤めているので幼稚園が終ると、いつもおばあちゃんの家に預けられていた。テレビからの受売りでもあろうか。問題提起したT君のパパはやがて単身赴任で岡山方面へ。今となりM君は地元の高校へ、T君は県外の高校で寮生活を送っている。 果してこの会話を覚えているだろうか。妙に 貼りついて剥がれないあの言葉。

ちぐはぐなことばにゆれる菫草  晶子

竹本いくこ

仕事仲間から一冊の本を紹介して頂いた。 「水は答を知っている」である。 江本勝氏は「物質的に見ると人間は水だ」と言 う事を基本的に見据え、先に刊行した「水から の伝言」の後に、水の結晶へと導かれた。驚い た事に、結晶は正直に善悪を美しい型で表現して見せた。

水が(結晶)が語り掛けて来る「愛と感謝」を真摯に受け止め、心して日常口にしている言葉がいかに大切か思い知るのである。 一人一人が作る、思念や波動が、人種を越え良いオーラになった時、この星は永遠である。先の事は何が起こるか解らないが、身近な人に感謝の心を持ち穏やかに過ごしたい。

次山 和子

〈みちのくの黒髪失せし雛と会う〉三・一一 の浜に打ち上げられた雛を詠んだ句。「会う」 の二文字に万感を込めました。私自身、抗癌剤 治療の副作用で髪を失い、髪が私にとって何であったかをふと思うことがあり、折々に浮かぶ昭和の女流俳人の句にも、髪にまつわる句が 多々あることに気付きます。

〈せつせつと眼まで濡らして髪洗ふ 野沢節子〉〈七夕や髪ぬれしまま人に逢ふ 橋本多 佳子〉〈木の葉髪ちりちり灼いて狂ひ出す 三橋鷹女〉〈黄泉に来てまだ髪梳くは寂しけれ 中村苑子〉情念も老いていく寂しさも髪に托して詠い上げています。我が身を重ねつ つ、髪は「女」そのものかとも思うのです。

雪かきと世間

寺田 順

一月末、都心で大雪が降った日のこと。私は 玄関から道路まで道をつけただけで、道路の雪かきはしませんでした。そんな雪かきについて、 酒井順子さんが「世間の目がある」と週刊誌のコラムに書いていました。私も同じことを感じ ながら、酒井さんと違って、ついに雪かきに参加しませんでした。理由は、お粗末にも単純に、雪かき用のスコップを買うのが間に合わなかったからでした。前からある工事用のスコップでよかったのですが、どうもその気になりませんでした。結果的には、そうすべきだったと思っています。翌朝わが家の雪の上に犬が糞をしてあるのを見つけ、何となく辻褄があった気がしました。

ランドセル俳人の 五・七・五

樋田 初子

いじめられ行きたし行けぬ春の雨  凛

冒頭の句は現在 16 才の小林凛(本名 西村 凛太郎)さんが 11 才の時に作られた句です。凛 さんは月足らずで出生された為の後遺症で入学と同時に受けられた壮絶ないじめで心に深い傷を負い不登校となられた。ご家族の愛や心ある人の支えもあり、何より俳句が凛さんに生きる希望といじめに耐える力を与え前向きに生きて来られた。俳句には凛さんのやさしさが出ていて読者の心に響きます。

凛さんのご健吟を心より念じております。

の平に小さき命春の使者(八才)

抜け殻や声なき蝉の贈りもの(九才)

苦境でも力一杯姫女苑(十才)