ミニエッセイ  -思ううがまま-

子どもの俳句

山田他美子

子ども向けの文学館行事を!と企画をおろされ、小学生の俳句教室を思いたつ。4、5、6月と9、10、11月の春秋二回の講座を実施。市のマイクロバスで市内の公園寺社を吟行。講師は市の俳句連盟に依頼。教室がスムーズに進むよう必ず講師と下見をし11年目を迎えた。

最初は12名の定員に届かなかったが、今春は20名の参加があった。決まりは有季定型。初めは、かわいいな、きれいだな、などの俳句が、秋には、親子かな、などの切字を使う子も出てくる。悩みは受験のためにやめていく子が多い事。早い子は二年生まで。稀に六年間続けた子が出ると嬉しくなってしまう!

ペン走る子らの俳句や稲雀

紅 花

吉田 光子

山は緑に野原は花が美しく咲き乱れ、自然の姿に感動を覚えます。或る雑誌で知り得た事は、見渡す限り一面緑の畑その片隅に小さな黄色の花がぽつりと咲き、その一日か二日の間に黄色に埋め尽くされる紅花には長い歴史があります。染料や紅を作り人々の心に華やぎを与えて来た紅花を山形は満開になっても直に摘まず、花の色を見極め花冠の下が紅に滲んできたら花摘みに急ぎます。

紅花には葉や萼に鋭い棘があり朝露に濡れて棘が柔らかいうちに摘まれます。花の黄色の中のかすかな紅を丁寧に抽出し都に運ばれ人々にときめきを与えてくれるのです。

知らざる事の多さに感動して読みました。

ラジオ体操

渡部 春水

毎朝、自宅の居間で十分間のラジオ体操を始 めて二十年になる。職場でも、朝礼前にビル全 館にラジオ体操のテープが流れて二十年位は していたと思うので、四十年余り続けているこ とになる。説明するまでもなく第一、第二共に 十三の体操がある。その一つ一つを漫然とでは なく全身の筋肉がほぐれることを念じながら手足を動かしている。健康管理に努めているつもりでも、何時病魔に襲われるかも知れないので、体操の効果に限界もあるだろう。しかし、一日の規則正しいリズムを保つためには欠かせない日課で、朝食と朝刊二紙の通読に繋がれる。平凡な習慣だが、何事も継続が大事であると八十路を歩む。

アメリカンチェリー

青木つね子

アメリカのMさんから今年もチェリーを送るとメールが届いた。小学校以来の友であるMさんは大学卒業後単身渡米し今はあちらに住んでいる。たまに日本に帰り女学校時代の人達と旧交をあたためていたが高齢になった近頃は来日の回数も少なくなった。先年帰った時故郷で小学校の友達と会をもった。短時間であったがまた別の懐かしさを感じたらしく別れ際Mさんは「米寿を迎えたら皆でこの町を歩きましょう」と言ったのだった。米寿を迎える二〇一八年、故郷を闊歩できるのは果して何人か? Mさんはジムに通い始めたとのメール、私は? アメリカンチェリーを夢に朝晩血圧計とにらめっこの日々である。

歴史の時間について

石井 季康

私は一九三三年三月十一日生れ八十四才です。四年前八十才になった時、生まれた八十年前一八五三はどの様な年であったかを考えました。ペリー提督が浦賀に来航し日本が開国へと近代化の道を進むきっかけの年となりました。六十五年前は明治維新、日清、日露戦争、第一次世界大戦、満州事変と進みます。生れてからは支那事変、大東亜戦争、敗戦と続きます。自分が生きた八十年単位で見ると歴史が身近なものとなります。更に十倍の八〇〇年、二十倍の一、六〇〇年、三十倍の二、四〇〇年前は弥生、神代の時代となります。自分の生きた時間で歴史を見ると新しい展望が開けます。

豆腐屋の旨き水

江森 京香

埼玉県西部のときがわ町に、美味しい豆腐屋「とうふ工房わたなべ」があります。月に二度、三度と車で四〇分かけて豆腐と水を求めて出掛けるのが楽しく、緑の里山から嵐山渓谷を抜け、昭和の面影を残すときがわ町は梅で有名な越生町や、和紙の里の小川町と隣り合い、遠方から訪れる人も多くいるほどです。工房の敷地に井戸があり、自由に汲める水は秩父長瀞の岩と同じ、三波川変成岩で、赤や緑の色をした縞状の硬い岩を伝わり、年間を通して温度は十六度と変わらず、その水で作る豆腐はふわりと滑らかで飽きのこない味です。ざる豆腐、豆乳、がんもどきなど、今日も我が家の食卓を賑わしています。