ミニエッセイ  -思ううがまま-

ベイスターズファン

戸田 徳子

快い浜風に吹かれビール飲みつつ浜スタでのナイター観戦は( たった一度だが)冴えない気分を一変させてくれた。老若男女が総てを忘れ夢中になって贔屓チームを応援していた。

私はこの四、五年横浜DeNA ベイスターズの熱狂的ファンである。万年最下位のベイスターズだったが、近年少し上昇気味である。特に去年は三位ながら若手陣の大活躍もあって一位の広島をさしおき日本シリーズに進出。敗れたものの王者ソフトバンクに二勝した。

はるか昔高校時代、甲子園出場をかけ全校挙げての応援はまさに青春そのものだった。当日は授業全面中止、皆まっ黒になって応援した。只今オペラ鑑賞小休止、球音に夢中だ。

常磐大学生の俳句

二村  博

2017年に行われた小林一茶百九十一回忌全国俳句大会( 信主催)において、常磐俳句サークルの二人が佳作に選出されました。

 花嫁に負けるものかと花菖蒲  飯塚日向子

 宴の夜肉焼く音と蝉の声    柳谷 泰南

飯塚さんは地元の潮来あやめ祭を題材に、「花嫁」と「花菖蒲」「菖蒲」と「勝負」といった言葉遊びを取り入れながら、花菖蒲の思いを想像して詠みました。

柳谷さんは、若者たちの歓声が聞こえてきそうな楽しい「宴( バーベキュー)の夜」を聴覚、嗅覚の感覚に触れて詠みました。

大学生が楽しんで俳句を詠んでくれると、とても嬉しい気持ちになります。

庄川の櫻

野島 一枝

家の庭が呉羽丘陵のなだりになっていてそこに大きな櫻の木が二本立っています。一本は淡いピンクの花を、もう一本は濃い赤の花をつけます。その家に今私たち夫婦と高校受験の孫( 女)の家族が暮らしています。もう一人の孫( 女)は金沢市に住んでいて、この子に櫻子と名づけました。ついこの四月に金沢大学附属中学校に進みました。入学式の校長先生のお話。アメリカの初代大統領ワシントンが小さいときに、庭にある櫻の枝を折り、それを正直に話して許されたことでした。

『櫻』の美、それはあなたの心の『美』に通じますと話されました。入学式に相応しいお話と聴き入りました。

耳が反応

橋本 里子

国会答弁での官僚の独特の言葉遣いが大変気になる。考えてございます、終了してございます。おります、は辞書に無いようだ。歌舞伎役者が十数回させていただくを遣ったと大昔天声人語が取り上げたが、これはもう聞き慣れた。が、決意、結婚はご自由にと思ってしまう。又、入れてあげる、先に塗ってあげる、おつりに、リビングになります、温度の方( ほう)、毎日行く形になります、変だ。ら抜きには大分慣れたが、出れる、はあまり聞きたくない。平板化、鼻濁音など未だ耳が反応してしまう。ギター、キャップ、等、気になる。袋はいる?の答に大丈夫です、はどっちかいと思う。小言幸兵衛の耳障り、お許し下さい。

羽根岬

平成二十九年三月二十四日の遍路日記より

藤本 嘉門

朝七時三〇分金剛頂寺を出た。凡そ13 ㎞歩いて羽根岬に着いた。此処には紀貫之の歌碑が建っている。碑には(まことにて名に聞く所はねならば飛ぶが如くに都へもかな)と刻んであった。平安の昔、承平五年(九三五年)一月十一日途中奈半を経て、貫之らの舟は、昼頃羽根岬の沖合いを通り京へ向っていたのだ。貫之は羽根という岬を見て、この羽が鳥の羽根ならば、飛ぶように早く都へ帰りたいものだ。その望郷の念が心を駆り立てる。土佐の港を出た舟は、天候に左右されて進まない。ましてや嵐ともなれば舟は動けない。港に幾日も逗留しなければならなかったのだ。私は貫之を忍び暫くその場を離れなかった。

一枚の葉書

三澤 律乃

昭和五十三年「あした」へ入会以来、今は亡き中和枝さんとは秩父への一泊吟行をはじめ「あした」の記念行事へご一緒に参加して来ました。お元気な時は「あした」誌の発送も引受けておられました。お姉様とは毎日電話で話し合い仲良く過ごしていらっしゃいました。何時頃からでしょうか、体調を崩し入院されました。そして闘病生活の中、最後となったお葉書を頂きました。細い字で楽しみにしていた「東京大会」も欠席しますので皆様にどうぞよろしくと書いてありました。平成二十年八月十二日お別れしました。告別式に同人会長の高橋たかえさんが弔詞を読んで下さいました。和枝さん沢山の想い出とお葉書をありがとうございました。