ミニエッセイ -思うがまま-

思わぬ拾い物

安西 信之

 日暮里吟行の折、諏方神社( 諏訪を諏方と表記)近くに小さなギャラリーを見付けた。室内には、拙い絵や本格的な肖像画、風景画など壁に埋め尽くされていて、奥に椅子の並んだアトリエらしき部屋があった。太平洋美術会研究所と看板にあり明治37年開業。古くから続く絵画教室に智恵子も通っていたとのこと。智恵子の年譜を繙けば太平洋画研究所( 旧)に学ぶ、とあり近くには高村光太郎の出た第一日暮里小学校、智恵子との浅からぬ縁を感じた。

光太郎と智恵子を身近に感じ、思わぬ拾い物をした吟行である。文人の足跡の多い田端界隈はおもしろい町である。

二度上峠の黒柴

越智みよ子

数年前の十一月二十三日、二度上峠はうっすらと雪におおわれていた。その峠の中腹にまだ大人になり切っていない黒柴が峠を通る車を一台づつにおいをかぐようなしぐさ、何かをさぐっているのか、か細い足はブルブルと震えがとまらない。犬の苦手な私もつい車を道端に寄せた。キャンプの残り物が少しあったからだ。サンドイッチ、生卵が二個牛肉が少しばかり、よほど空腹だったのかあっという間に平らげてしまった。もう何もないのがわかると、さっさと森の中に入っていった。ゆくあてがあるかのごとく、あてがあるなら良いどこでも生きられる。やさしい飼主を見つけてね。心の中でそう願った私。

日の出の散歩

角田 双柿

私の一日は「日の出の散歩」に始まり、夕日を浴びながらの散歩で終る。

「日の出の散歩」は、初日や御来光に魅せられたことが動機で、日光浴をしながらの山歩きと山野草との触れ合いが常態化したものである。今では朝のテレビ体操と共に日課として欠かさず行なっている。

散歩は、花鳥風月の豊かな忍川とその周辺で四季折々の花との出会いに感動と元気を貰っている。自然に触れながらの吟行が足腰の鍛錬だけでなく頭の体操になることを知って以来、俳句の健康効果を実感しながら、日々の散歩を楽しんでいる。

水仙花目覚めし川辺回遊す  双柿

釣瓶落しと十一月

川上 綾子

私は十一月になるといつも思い出す事があります。知人のミニコンサートに招かれ場所の見当はついて居ました。所が家を出る時はまだ明るかったのに地下鉄を外に出てびっくり薄暗くなっていたのです。一寸不安になり丁度通りがかった母娘ずれにこんなお店をご存知かきいてみました。するとお母さんがスマホを出して探して下さいました。御陰さまでコンサートは余裕でした。今も十一月になるとあの親切な母娘の事を思い出します。正に「釣瓶落し」の実感とお出かけ途中の母娘の親切が忘れられません。私も出来るだけあの母娘のように人に対して優しく出来るように心がけようと思う日々です。

私はなぜ神社で舞うのか?

河野 桂華

3世紀頃、日本を治めていたとされる女王卑弥呼。世の争いごとを鎮めたと、中国の歴史書「魏志倭人伝」に書かれている。その卑弥呼のお力をお借りして、神社で奉納している商標登録を頂いたHIMIKOMAI® は、私のオリジナル即興ダンスです。

なぜ神社で舞うのか?

それは、私達の先輩達が、日本人の精神性を守るため、自然の中に神社を建ててくれたから。そこで神に舞を捧げるのです。

では、日本人の精神性とは?

聖徳太子のお言葉「和を以て貴しと為し」にあるように、自然に始まり全てを尊ぶことだと思います。

近 況

川岸 冨貴

圧迫骨折の手術から三年が経ち、椅子に掛けることもままならなかったのに、長時間でも大丈夫になって来た。又デイサービスへ週一でお世話になることにして、楽しい事が二つ見つかり一つは脳トレ。数字のアレコレ、読み書きのアレコレ、平仮名を正しく並べ替えて四字熟語にするなど誠に苦手なものにはつい熱くなる。もう一つは「ぬり絵」色彩感覚の素晴らしい先輩がいて有難い事に色鉛筆の手解きをしてくれた。私も五十代に油彩の塾でデッサンから習った経験があり早く馴染めた。色選び・光と影。本当に奥が深い。此の歳でこんなに熱く成れるものに遭えて感謝し、熱くなれる自分に驚いている。