ミニエッセイ  -思ううがまま-

鈴の音

藤本 嘉門

その日H24・3・19、鯖大師から甲浦まで歩いた。宿に着いて部屋に入ると、鈴が鳴っている。誰も居ない部屋に引っ切りなしに、遍路の鈴が鳴っているのだ。さて、ここで誰か一人の遍路さんが行き倒れになったのだ。すると見えない遍路さんが、私を一緒に連れて行ってくれと言っている。私が承諾すると、鳴っていた鈴がピタリと止んだ。翌年三月、第一番の霊山寺で音の同じ鈴を買った。そしてまた一番から歩き始めた。昨年の秋高野山に登った。私の十周遍路成満のお礼と、途中で行き倒れになった一人の遍路さんの為に、ご廟の前で般若心経を唱えた。この遍路さんも念願叶ったのだ。鈴は参道の祠に結んで上げた。

イチゴジャムの思い出

三澤 律乃

昭和十九年西国民学校四年生、木造建築一階の教室でお昼の時間になりました。私は母の手作りの蒸しパンとイチゴジャム、前の机の友達がふり向いたので蒸しパンとジャム、友達は赤い皮のおさつと取替えっこして食べました。甘くて柔らかいおいしいさつま芋でした。

夏冬通して女生徒はモンペ姿で祝祭日はスカートで式に行きました。二十年八月十四日の空襲で校舎は全焼し、一棟だけ残った教室で二学期の授業が始まりました。戦時中の住居の大家さんが「あかしや」さんと言う大きな和洋菓子店でした。森永の板チョコレート、厚い硝子の広口容器のジャムも手に入り大事に食べた嬉しかった思い出が胸に残っています。

日本一長い路線バス

宮本 艶子

最近、路線バスを乗り継ぐ旅番組が多い。折しも日本一長い路線バスが大和八木駅から和歌山の新宮まで走っていることを知る。その事を夫に話すと直ぐ様、一冊の本を出してきてくれた。佐伯一麦の「山せん海がい記き」である。新聞の書評を読んでこれはと思うと必らず本屋に足を運び買ってくるのが夫の趣味。「山海記」は大和の国中から天嶮の奥吉野・十津川を越えてゆく。車中、地誌を辿り、人々の営み、特に災厄と向きあう小説。生国が舞台ではあるが十津川は未踏。この本を携え全長約百六十七キロ、百六十七停留所、六時間四十分を古人や私の中を過ぎていった人を思いながら旅をすると思うだけで胸が高鳴る。

俳 縁

森川 敬三

松尾芭蕉が「奥の細道」で秋田象潟の蚶満寺を 訪れたのは、元禄二年六月十七日( 新暦八月二日) です。今年私が蚶満寺を訪ねたのは、それに近い 七月二十七日。そこでボランティアガイドの竹内 賢さんに出会いました。平成二十六年の国民文化 祭連句の祭典が秋田であったとき、蚶満寺で吟行 会が行われたそうです。そのとき本堂で吟行会の方々に寺や象潟の解説をなさったのが竹内さん。 今も元気にボランティアガイドを続けておられ ます。私も連句をたしなんでいると申し上げる と、当時のことを懐かしそうに話されました。

連句、俳句に携わって二十数年。近年ますます 「俳縁」の思いを強くします。竹内さんも俳縁 のお一人となりました。

日帰り温泉

矢倉 澄子

今年の夏の暑さは格別でした。そんな八月の一日、近頃外出することをためらい勝ちな私を、娘たちが避暑を兼ねて、日帰り温泉に誘ってくれました。

車で一時間半、厚木市の山合いに佇む宿には、首都圏内とは思えぬ大きな自然と、静寂がありました。湯船は総ひのき造りで、一部は漆塗り。強アルカリ鉱泉は肌触りがよくなめらかで、まさに温泉気分に浸りました。鮎が名産と云われる土地柄、食事も鮎づくし、透き徹るような目を楽しませて貰いました。

その昔多くの旅人や旅商人たちが行き来し荷物をおろし、今も昔のまゝの土間で草鞋の紐を解いた様子がうかゞわれ、大変興味深い一日でした。

安田 孝

心筋梗塞脳梗塞が足に及び、末梢動脈閉塞症。歩行もままならない。雨上がりの帰途傘を杖がわりに。初めて楽なことに気がつき早速友人の検索で銀座老舗のタカゲンにて杖を購入。犬の柄人類の最愛の友を三本足に握りしめている。癌は薬でコントロールできているがもう一つの苦しみが首下がり症候群。頸が木の葉髪の中身頭を支え切れない。自称討ち首症候群。原因不明二十年近く苦しんでいる。仕事中は右手に電子カルテ左手は頬杖、恋に悩んでいるのであれば。七月葉月句会雑詠〈生きるとは耐えることなり蚯蚓這う〉まさに私の姿である。句会後暑気払いにディープな酒場魚三へ。遅い私達を芳雄さんが迎えに来られる。