ミニエッセイ  -思ううがまま-

日本語を守る

白根 順子

三月九日の深夜、NHKの「 100年 イ ン タ ビ ュ ー =ドナルド・キーン」を見た。聞き手は渡邊あゆみさん。一時間半の対談の最後に「 100年後 へ のメッセージ」を問われ、キーンさんは「山も川も木も必ずしも昔のままのものではない。しかし、人間の言葉は残る。『源氏物語』のような一流の文学は、世界で最も強いもの。日本語を自分たちの宝として守ってほしい。」と結ばれた。

東北大震災後の二〇一二年、「日本の文学・ 伝統について確固とした主張ができる屈指の ジャパノロジスト」は、「愛する日本人と共に 生きたい」と日本に帰化。そして今年2月24 日、 96 歳の人生を全うされた。深い感銘とともに淋しさが広がった。

帰 郷

須賀 経子

東日本大震災で最も早く連絡が取れたのはYさんだった。その決断、行動力のあるYさんの無事が、後のOB会で話題になった。 足立区綾瀬都営住宅に落着き、車は手離したものの交通の便利なことで、通院や週二回のプール、コーラス等で友人を持ち、美術館博物館めぐり、ドームのラン展等ご一緒した。五年を過ぎ被災者に自宅を見に行く許可を得てから、郷里への帰心を口にする様になった。

震災の年の秋も欠くことなく続けてきたOB会に笑顔を見せ、三十回をご一緒した。昨年五月に戻る場所を「いわき」と決め荷造中倒れ帰らぬ人となった。郷里の親しい人々、豊かな海や山の何と遠かったことか。無念。

高齢者とペット

菅谷ユキエ

自分で世話ができなくなってもペットと離れたくない高令者が多く、問題になっているそうです。最近ペットと入れる施設一号が出来たそうで、よい事だと思いましたが、まだほんの一歩ですし、先ず費用が高いだろうと心配になります。ペットは病人や一人暮らしの話相手になり癒し系で良い事と思っていました。ペットロスも話題になりましたが、高齢者に限った事でなかった訳です。今回の解決策として、①飼う時点で自分の年齢、健康状態を考える。②もし世話ができなくなった場合頼める人を探しておく事だそうです。

頷ける提案ですが、該当者として考えなければならない事は多くなるばかりです。

子午線

鈴木 哲也

地図の位置を表示するのに、縦の線、横の線がある。横の線は緯度で赤道を起点として南北90度あり、経度は英国グリニッチ天文台をスタート地点として、東西に180度づつ伸びている。ゼロ地帯は子午線と呼ばれている。

このことばを知ったのは中学生の時だった。経度は世界を縦の線で分け、真ん中の天文台は「ゼロ」地点である。昔は「赤い線」が引かれていたが、現在は電光で掲示してある。

60歳台になった時、赤い線をまたぐことが出来た。うれしかった。3度訪れた。建物のまわりの芝生は見事な緑で目にまぶしかった。

子午線の上に立つと雄大な気分となり、私の海外旅行の原点となった。

人生100年時代

髙尾秀四郎

俳句を書き留めるために始めた日記は今も続いていますが、その他に生まれてこの方を記した「自分史」や親族や知人の没年、年忌を記した「過去帳」を表計算ソフトに収納しています。自分史は年、年号、住所、社会の事象と自らの主な出来事等が記されています。上の方からかなり埋まって、100年まで後30年が余白になっています。直近の30年が生まれてからの30年の数倍速かったように、これからの30年は思いの外あっという間ではないかと思いつつも、何をしようか、何ができるかと胸を膨らませています。そして叶うことならば、ずっとずっと夢を追い続けていきたいと思っています。

昔ばなし

高橋たかえ

”朝顔につるべ取られて貰い水“ 

幼い頃、庭先のつるべ井戸を使いながら、時折、祖母が口にしていた千代女の句ですが、いつしか私の脳裡に焼きついていました。

若菜会に入会した時の祖母の言葉に、「俳句や和歌は人様の詠んだものを読ませてもらうものと思っていたが、まさかうちの孫が俳句を作るなんて夢の様な話だ」と…。そんなこともあって今日までつながって来られたかなと、祖母との縁を感じています。

そんな六十余年の俳句人生も山あり谷ありではありましたが、若菜会の女性群の中から知恵も能力もない私が一人残ったのも、あしたの会の七不思議の一つかもしれません。連衆に感謝です。

日向ぼこ昔ばなしの縁に咲き