一句一筆 (第八十号より)

宮本 艶子

甘茶仏雨の寺苑を見て居りぬ   三澤 律乃

四月八日は花祭。花御堂に釈迦の誕生仏を安置し、甘茶を注ぎお祝します。お釈迦さまがお生まれの時に降った、甘露の雨のような柔らかな春雨が寺苑を包みます。甘茶仏も参詣者もこの日の雨を寿ぎ、見詰めます。仏徒・律乃さんのやさしく深い目差の仏生会。あした季寄せには〈篝火にお顔ほてらす甘茶仏〉と。叙景の中に心情のほの見える美しい句です。

干竿のシーツ蛙は生まれたて   森川 敬三

北陸富山の三月は「ぱかんと開く缶の蓋」と。雪に閉ざされた冬の閉塞感から開放された喜びの一瞬を詠まれています。掲出句は干竿に掛かる真っ白なシーツから、ひょっこり顔を覗かせた、濡れ色も鮮やかな生まれたての雨蛙。思わず微笑みのこぼれる光景。思いがけない出会いのあった日は、一日心が弾みます。厳格な国語教師のイメージの敬三さん。軽妙で洒脱な一面に触れ、親しみを覚えました。

春暁や残月淡く寄る辺なき   安田 孝

 「遠き春」と題された一連の作は大志を抱き、医学生として北大で学ばれた青春時代が彷彿と描かれ、胸を打ちます。「春暁や」と打出した掲出句。春の夜明け。「暁」の文字には「告げる」「物事が成就したとき」という意味もあると云います。上五に抗うような「残月淡く寄る辺なき」と結ばれていて、淡い残月に自らを重ねたような儚げな、あやうい心の揺れを覚えます。常に「命」に真摯に向き合っている孝さんです。

初蝶やめぐり逢うのも恋に似て   柳瀬 富子

俳人は幾つになってもときめきを忘れません。若さの秘訣です。散歩道、思いがけず逢った蝶。「あっ、初蝶‼︎」という驚き。その胸の昂りはまさしく「恋のよう」。白絹のような艶を覚えます。〈真つ青な空は自在よ菊根分〉|菊の根分けをしながら「自在な空」に心を遊ばせる富子さん。日々、命を慈しまれているお姿を思い浮かべました。

たんぽぽや裏の更地をわがものに   山田他美子

家の裏が更地になったのですね。日当りも風通しも良くなりますが一抹の寂しさもあります。春、気付くと一面の蒲公英。埋め尽す黄色のたんぽぽ。仮名表記の「たんぽぽや」の詠嘆に席巻した蒲公英を憎からず思い、愛でている様子が伝わってきます。他美子さんは子供たちへの視線も、自然への目差もいつも穏やか。今、あした誌の校正、発送を担って下さっており、次代の頼しい同人です。

惜春や発芽の兆しなき立木   渡部 春水

もう春も終り。ずっと見続けた一本の樹木。今年は何故か芽吹きません。切字を伴った「惜春」に春水さんの立木への思いが甚くこめられています。失われるものへの愛惜。周囲の命が満ちれば満ちるほど、その情は強まります。〈剪定や夢の一つに詫びをして〉とも詠まれ、常に厚い情で句作され、圧倒されます。昨年の道場句会でも特選数トップを記録されました。

背伸びして利根の流れを聴く土筆   青木つね子

坂東太郎といわれる利根川。関東平野を貫流する長さは三二二キロ。つね子さんの在住する熊谷はその中流域。滔々とした流れを、競うように背伸びした土筆が聴いています。春の駘湯とした景が広がります。土筆は杉菜の花。節が継いであるように見えるところから「継ぐ串」が語源とも。「五線譜とび出すつくしんぼ」「夕日の影の土筆」と利根堤の土筆は見飽きません。温雅な中に心のある作者で、梶の葉句会の中核。

普請場に飛び交う二羽の初燕   芦澤 湧字

燕は南方から数千キロを越えて、四月頃渡ってきます。去年まで巣を作っていた家は普請場に。つがいの燕がその上を幾度も旋回しています。その戸惑いに心を寄せる湧字さん。燕が巣をかけると幸せが訪れると云われます。早く巣作りの出来る場所を見つけられますようにと祈るばかりですね。「学舎」の六句は少しはにかみのある、心の和む作品群でした。

光陰に逆らう老や木瓜の花   石井 季康

 [光陰に逆らう老いや」を受けた「木瓜の花」が絶妙。木瓜の枝には鋭い刺がありますが、花は緋色や白、更紗木瓜などがあり、小振りながら中々、濃艶。移り行く時に屈しない米寿の気骨に乾盃。「濁世如何に」と亀に問われたり、飄逸な日々を思わせます。お酒が大好きで、博識の士の季康さんです。道場句会にも欠かさず投句下さり、うれしい限りです。

直走る秩父SL花菜風   江森 京香

甘やかな花菜風を切って濃厚なSLが秩父路を直走ります。黒と黄のコントラスト。桜堤、長瀞、秩父の山々が目に浮かびます。一九八八年、秩父路SLパレオエクスプレスは誕生。「パレオ」は二千万年前、秩父に生息した海獣・パレオパラドキシアから命名。熊谷|三峰口を運行しています。やさしい気づきの京香さんから届いた、ロマン溢れる懐しい景。

稀なるや三年連なる黙の春   岡崎 仁志

新型コロナ発生から、もう三年。終息の気配どころか次々に変種が出現し、世界中の人々を脅かしています。自粛、活動制限で経済も疲弊。「黙の春」は言い得て妙。「憂き世をぼやく大田螺」もご尤も。そんなご時世にも長者さまは宇宙の旅|。どの句にも共感。頷くばかりです。コロナ後の新しい時代は必らず訪れるはず。新しい靴で「いざ行かん」です。俳句道場の幹事を務めて下さる仁志さん。心強い同人です。

夕風が背を押しくれし遍路道   越智みよ子

一日歩き通した遍路道。疲れもピーク。夕闇も迫ってきました。折しも一陣の追い風。やさしく背を押してくれます。同行二人。いつも弘法大師と共にあることを思います。遍路は四国八十八ヶ所の霊場を巡拝すること。板東、秩父などの三十三ヵ所も知られています。みよ子さんは何処を遍路されたのでしょう。足元の菫や蟻にも慈悲の心を通わせます。