一句一筆 第百二号より

渡部 春水

年の空八割五分の満足感  岡崎 仁志

 年の瀬の空を眺め一年を振り返っている仁志さんは八割五分の満足感に浸っておられ誠に羨ましい。年頭にその年の目標を立てる人が多いと思う。仕事や趣味や健康等様々な面で年末に十割の満足感を持てた人はごく僅かでしょう。むしろ一割五分を残していることが次の年の目標に継がれ、「継続は力なり」との意欲が湧いて来るのではないでしょうか。

冬至梅遺影がふっとほころびぬ  越智みよ子

熱海や小田原の冬至梅を求めて多くの人々が訪れる。冬に咲く梅は凛々しく感動を呼ぶ。みよ子さんは何処の梅をご覧になられたのでしょう。ご自宅の庭か越生の梅林かも知れない。梅の木の後ろにご主人の顔が浮かび昔日の思い出に浸っておられる。長寿化が進んでも、やがては誰もが独りになるのですが、ご主人の分まで長生きをしようと思われたのかも。

大掃除磨き上げたる床柱  角田 双柿

床柱の材には杉や桧があり、室町時代から茶室や数寄屋に使用された北山杉が有名。近頃は床柱が無い住宅が多いようですが、双柿さんが磨かれている床柱の美しさが目に浮びます。「角川俳句大歳時記」に「梶の葉や詩がえにしの糸切れず」があります。「あした」の床柱のような大先輩の句です。拙宅にも北山杉の床柱があり、年の瀬に丹念に磨きます。

初雪や序の舞ですと掌に消ゆる  川上 綾子

「序の舞」と聞けば上村松園の振り袖姿の名画が浮かぶと思いますが、能の舞事の一つで極めて静かな曲であり美女の霊などの舞です。綾子さんは何処で詠まれたのでしょう。掌に消えた初雪が序の舞のように感じられたとのこと。文京区小石川にお住いの綾子さんは下町情緒にあふれた句を詠まれます。様々な面でお世話になり、今は連句の盟友。

世代観気にせずいます寒椿  河野 桂華

世代観とは世代価値観のことでしょうか。世代が変れば価値観が変り、アナログ世代とデジタル世代が共存している社会には様々な歪も現れます。デジタル世代にも新旧があると思います。AIの機能を上手に使いこなす新世代にとって旧世代は時代遅れに感じるでしょう。デジタル世代の桂華さんは価値観の急激な変化が感じられながらも気にせずいますと。

山眠る往生のこと懐に  川岸 冨貴

令和六年から同人作品に復帰された冨貴さんの句を評する機会を得て嬉しいかぎり。眠る山を眺めながら往生のことを詠まれています。往生とは「この世を去って他の世界に生まれ変わること」だと言われ、誰もが願う極楽浄土は阿弥陀仏の浄土とのこと。掲句の他の五句には若々しい句を詠まれてご高齢が感じられません。益々のご健吟をお祈り致します。

千体仏凍れる堂に祈り満ち  小泉富美子

富美子さんは、先の「珈琲待夢」に京都・奈良への旅行が三十回を超えたと書かれ「冬の京」の六句は全て京都での吟。千体仏は三十三間堂でしょう。後白河法皇の勅願で創建され、三十三とは観音様が三十三の姿に変化して人々を浄土へ導くことからと。百二十mの本堂に並ぶ千体の観音像は祈りに満ちている。古都への旅はこれからも続けられるとのことです。

冬暖か幼の文に衒なく  小岩 秀子

衒(てらい)は会話では使うが漢字で書いた記憶がなく、漢字検定では一級の難字。辞書で「衒学」を引くと「学問のあることを見せびらかす」とある。著名な学者等のエッセイに難解な言葉があり戸惑うことが多い。掲句の幼は秀子さんのお身内かも。AIの時代でカタカナ言葉が高齢者を悩ませているが、幼い子の作文を見ながらほっとされており、共感。

ふるさとの代替りして帰り花  設楽千恵子

久し振りにご実家へ帰えられた時の句でしょうか。ご両親が亡くなられて久しく、跡を継がれた方はどなたでしょう。親戚やご近所の家でも代替わりして付き合いかたもすっかり変り寂しくなりました。しかし、庭の花は昔のままに咲いていたご様子。全国的に高齢化と過疎化が進み空き家が目立つ昨今。特にクマの被害に悩んでいる東北北部に目立ちます。

水涸れてたてがみのごと土手吹かる  須賀 経子

毎年のように各地で水害に見舞われる。最近は線状降水帯による悲惨な映像が続く。冬になれば水涸れの土手には芒や背の高い枯草が馬のたてがみのような姿で寒風に吹かれる光景を目にする。人の世にも荒涼とした老後を送っている人々がおり、まるで冬枯れの荒れ地に似る。孤独死のニュースを観ながら経子さんは心が痛まれたのかも。他人事ではない。

杜氏来たる蔵に輝く若い衆  清水 將世

「杜氏来る」が季語になるほど日本の酒造りには長い歴史と伝統がある。杜氏のもとで働く頭、代師等を蔵人と言う。南部杜氏や越後杜氏の指導で酒造りに励む人々の姿に感動し憧れて移住する若者も。時代の変化で清酒の製造量が大幅に減ったが、ユネスコの無形文化遺産にも登録され海外への輸出も増加。酒好きな將世さんの故郷にも著名な酒蔵が多い。

煮凝や母を越えしは齢のみ  白根 順子

長女として家を継がれた順子さんはご両親から大事に育てられたことと思いますが、特に人生の鑑とされるお母様からの教えが大きかったのでは。煮凝りのように風味のある方だったのでしょう。「あした」や連句界のために尽力されると共に地域社会にも貢献され、ご両親は安堵されておられるのでは。それを支えられたご主人を偲ぶ句も掲載されている。