一句一筆 (第六十号より)

白根 順子

  雁渡る改元近き列島に  渡部 春水

雁は、古来詩歌には因縁の深い鳥である。晩秋北方から渡ってくるが、その頃吹く風は「雁渡し」という美しい言葉で呼ばれる。春水さんは社会性のある俳句を好んで詠まれるが、どんな季語でも合いそうな「改元近き列島」に、正しく列を組んで渡る「雁」を付けられた。「あした」の要の「俳句道場」は、春水さんを信頼する集団なのだ。

  名残空諸々無とはならざりき  青木つね子

大晦日の天を仰ぎ、今年最後の空としてしみじみ感慨にふける作者が見える。明日は年が改まる。いただいた命を大切に、小さな後悔は捨て去ろうと思いつつも、心にかかる事はあるものだ。つね子さんはお家を改築され、お正月はバリアフリーの生活を満喫されているはず。「あした」誌発送の拠点としてお力を頂き、いつも有難く思う。

古暦喜怒哀楽の掠れいて  石井 季康

来年の新しい暦が用意されると、今年の暦が急に古びて見えるものだが、気に入って使ってきた暦には愛着がある。年を重ねると、体調に関しても一喜一憂することがあろう。しかし、下五の「掠れいて」から察すると、年末の作者は平常心を保たれているようだ。季康さんには「独り酒」の句が多い。元気な妻がいての独り酒ほど幸せな時はない。

  牛乳を噛むように飲み冬に入る  江森 京香

しみじみとした生活感のただよう一句である。「噛むように」飲んでいるのは、作者とも又ご主人かとも理解できる。静かな、いつも通りの、立冬の朝食であろう。この平凡さを俳句に仕立てたのは、作者の感受性と作句の力量と思う。 京香さんは高齢化してきた「あした」の若手で、運転は任せて安心。何事も気軽にこまめに処理して下さっている。

  塩にぎり二つ平らげ神の留守  越智みよ子

みよ子さんの故郷は福島県とお聞きしている。ご実家から送られてきたお米であろう、「新米の袋ずしりと贈らるる」を一句目として、四句目に掲句がある。この新米は市販のものではなく、自家用米であろう。その新米を「塩にぎり」にして二つ平らげたと言う。「神の留守」という季語の斡旋により、中七に俳諧味を持たせているのだ。

  菊焚いて渇く詩心を癒しけり  角田 双柿

平明で雅な作品である。語呂もよく、切字に迷いがない。読み手の心にやさしさと落着きを与えてくれる一句である。双柿さんは『あした季寄せ』の編者であり、編集の全責任を一身に背負い、一触即発の感があった。今は元来の穏やかな双柿さんだが、あの頃の熱気が懐かしい。昔話をしてさらに若返っていただきたいと思う。

  木の葉髪残りの時に挑戦す  川上 綾子

一読して年齢を重ねた方の作品と感じる。「木の葉髪」「残りの時」いずれも消極的な言葉である。しかしそれらに挑戦しようと結ぶ。綾子さんは学生時代に陸上をやっていたと聞く。なるほど、若さを保つ秘訣はこの辺にあるらしい。最近長唄三味線に入門された。これぞ新たな挑戦である。「あした連句会」の中心としても輝いておられる。

  底冷えの書架の背文字浮上る  川岸 冨貴

底冷えのする日、書き物をするのに必要な参考書を探したのかも知れない。本棚の本はきちんと並び、目的の本はすぐ見つかった。どの本も背文字をしっかりとアピールしているようだ。冨貴さんは難しい眼の病の治療に半年を費やされ、持ち前の奮発力で快方に向かわれた。機知に富む冨貴さんに、本の方から名乗りを上げたに違いない。

  深山に熊の寝言を聞く星よ  河野 桂華

メルヘンの世界である。奥山の空の星が、冬眠に入った熊の寝言を聞いているとは、面白いストーリーの童話が生まれそうだ。こんな一句を見つけると心が和む。

徳島市にお住まいの桂華さんは、エネルギッシュで多趣味な方である。ラインで送られてくるダンスは正に玄人跣で、四十代の活力に溢れている。ますますのご健吟を。

  歌仙巻く詩には詩を熊穴に  岸田 芳雄

連句作品の中の冬の付句として治定されそうだ。「詩には詩を」とは、流れを中断することのない雰囲気を持った付けをするべきだということだろう。次句は「しずかに雪の降り積もりゆく」としたい。「熊穴に」に引き出された感情である。芳雄さんには「あした」誌発送のネームシールを作っていただいている。実直なお人柄の方である。

  沈黙の優しさまとう冬木かな  小泉富美子

「友逝きぬ」と題する連作の中の一句である。教職を定年退職され、時間に余裕が出来たと同時に、今まで気づかなかった諸々の景にはっとさせられる日々なのだ。掲句は散歩の折の一句であろう。並木道は裸木を透して遠くの景が見えている。春にはまた芽吹くことが約束された命の営み。「沈黙の優しさ」とは何と心に沁みる言葉だろう。

  時雨忌や文箱の文に語りかけ  小岩 秀子

秀子さんの朝はラジオ体操から始まるらしい。お住まいの仙台からいただく電話のお声にいつも元気をいただいている。みちのくは『奥の細道』の舞台であるが、やはり時雨忌のころとなると、過去の吟行のことなど思い出すもの。「今朝の冬雲にも流れあるものを」とも詠われているが、年を重ね交流関係も変わってきた。時雨忌の斡旋が的確。