一句一筆 (第八十六号より)

白根 順子

ジェラシーなど知らぬ顔してヒヤシンス   橋本 里子

里子さんの作品は「あした俳句道場」においても沢山の共鳴を得ています。季語の斡旋に成功した作品が多いということでしょう。そんな作品と掲句は趣を異にしています。花はそれぞれに花言葉がありますが、ヒヤシンスの花言葉はギリシャ神話に登場する美少年ヒュアキントスの逸話が由来とのこと。赤のヒヤシンスの花言葉は「嫉妬」、その赤がこの上なく好きな作者が見えます。

黄金週間歩けるうちに歩かねば   浜田天瑠子

天瑠子さんに「納税期我が一生は税のため」という一句があります。受け継いだ財産を守る、それだけのために働いているという意味の句と思いますが、生きがいとも言えるでしょう。昨年は足の関節脱臼骨折の入院をされたと書かれています。絵画に造詣の深い天瑠子さんは美術館での展覧会を回られています。歩ければこその名画鑑賞ということでしょう。

霊木の花あららぎや弥勒仏   藤本 嘉門

嘉門さんは四国霊場八十八か所を十数回まわられています。また仏像彫刻の技はすばらしく、最近では不動明王像を九州の寺院に奉納されています。掲句は第十四番札所常楽寺での一句ということで、検索してみました。常楽寺のご本尊は弥勒菩薩、岩盤がむき出しのワイルドな境内には大きなアララギの霊木があり、自然豊かな環境の個性的なお寺とありました。

春うらら盲導犬に見詰められ   三澤 律乃

十年一昔、「梶の葉句会」には「あしたの会」を支える元気な力がありました。今もメンバーは変わりありませんが、コロナ禍をはさみ紙上句会となっています。律乃さんは一病をかかえ、病院通いが日常生活に加わってきました。病院の待合室でしょうか、静かに伏して待っている盲導犬が上目遣いに作者を見つめているのでしょう。律乃さんは微笑み返したに違いありません。

花おうち飛行機雲をほぐしけり   宮本 艶子

艶子さんとは令和二年まで「あした」誌の編集をご一緒に担当させていただきました。豊富な知識と細やかな気配りに支えられた十二年間に感謝の外ありません。掲句の「花おうち」は栴檀の古名で、万葉集にもその名が見られるようです。「楝(おうち)」の傍題に雲見草とあり、初夏に淡紫色の五弁花を多数つけます。その楝が飛行機雲をほぐしているとは、高さも表現されていて、その形容はまさに言い得て妙と感銘をうけました。

春愁や人はぽつりと言葉吐き   森川 敬三

富山県にお住まいの敬三さんは、今年の石川県での国文祭にも中心となって動いておられます。国語の先生で、冬男主宰「あした」のドクターXその人です。掲句はまさに俳句的表現の作品と思いました。上五の「春愁や」から想像すると、何か物憂い一言だったのかも知れません。そんな時どんな相槌をうたれたのでしょうか。敬三さんはいつも安心感を与えてくださる方です。

雪解けや汚れぬ道を選び行く   安田 孝

孝さんは医師としての半世紀を三井記念病院で務められたとお聞きしています。人の命にかかわるお仕事はさぞ神経を使われたことと拝察します。一方お酒も嗜み、句材はそんな場所での時間に思い巡らされるのでしょうか。そんな孝さんが今後の人生を考える時、「危険なことは避け、安全な道を行こう」と思われるのは当然のことです。ますますのご健吟をお祈りします。

竜天に勢い欲しきなりわいへ 柳瀬 富子

竜は想像上の動物で、春分の頃に天に昇り雲を起こして雨を降らせます。中国の古代伝説から季語となったようです。富子さんのお宅は写真館を経営されていて、何代も続く老舗です。富子さんはお若い頃はスタジオに立たれて、お客様の着物姿の最終チェックをされていました。いまはお若いスタッフに代わられていますが、生活面での活力を持ち続けられますようご自愛ください。

夕闇に桜妖気を漂わす   山田他美子

他美子さんには「あした」誌発行に校正と発送という大変な時間をいただいています。神経を使う仕事ですが、見事にこなして本当に有難い存在です。掲句は夕闇の迫る中の桜を詠んでいます。昼間は沢山の人々が仰いだ満開の桜が夕闇の中で息づきはじめると何とも言えない妖艶な雰囲気に一変するということでしょう。神秘的でもあり、魅力にとりつかれた作者がいます。

囀りや移住者を呼ぶ山の裾   渡部 春水

福島県は会津若松にルーツをお持ちの春水さんは故郷を愛してやまない方です。戊辰戦争については勿論のこと、社会性俳句は殊に敏感なセンスをお持ちです。「あした連句会」も牽引してくださっています。掲句は福島県の山裾でしょうか。近頃若いご夫婦が子育てに佳い環境を求めて移住するという例が増えています。「囀り」という季語の斡旋がみごとに生かされています。

齢古るや鳩と化す鷹まるみ帯び   青木つね子

梶の葉句会は現在紙上句会となっていますが、その運営を担ってくださっているのがつね子さんです。税理士の資格をお持ちのつね子さんは「あした」の会計でも監査を受け持ってくださっています。掲句は中国における七十二候の一つで時候句です。「獰猛な鷹が春のうららかな陽気によって鳩と化すこと」で、仲春を指します。つね子さんは第三者の目でご自分を詠まれているのです。

鉄橋を渡る車窓に山笑う   芦澤 湧字

湧字さんは「俳句道場」の常連です。句会終了後の二次会では昨今の世相が話題になりますが、その中で湧字さんはひときわ話題の豊富な方です。落語、相撲などにいわゆる「推し」をお持ちなのでお話も専門的で楽しく伺えます。お好きな演目のCDをかけながらのドライヴ、掲句はそんな時の一句と思われます。これからも楽しい休日をお過ごしください。