一句一筆 第百三号より

渡部 春水

初富士やトランペットのファンファーレ 菅谷ユキエ

 初富士とトランペットのファンファーレは良く似合います。日本人にとって富士山は他の山とは比べられない特別な存在であり、秀峰は葛飾北斎や横山大観から銭湯のタイルの絵にまで描かれており、海外からの観光客は富士を背にした写真撮影に夢中です。我が家のカレンダーの一つは毎年、富士に決めて一年中眺めていますが、ユキエさんの発想に同感です。

地の力漲る黒さ畦火跡 髙尾秀四郎 

農耕民族の我が国は、古代から収穫の終った田畑に火を放ち農業を守って来ました。枯れ草を焼き切ると黒い大地から新芽が顔を出し命の鼓動を感じます。国民の生活を守り働き易い環境を作ることで国の発展を図ることが国家の役割で野火焼と同じ。「あしたの耕地」が狭くなりましたが、冬男師の志を継ぐ髙尾代表は畔火を放ちながら会の活性化に邁進。

三日かなしたたかに積む年の嵩 高橋たかえ

たかえさんは三が日が過ぎ正月気分が少し抜けると改めて自らの年齢を感じられたのでしょうか。良くここまで頑張られたものだと思われたのかも。日本には百歳を過ぎた方が十万人もおります。遠く「若葉会」に始まり「くさくき」「梨の芯の会」そして「あしたの会」「梶の葉句会」へと句作りを続けて今も現役であり、あしたの歴史を作られた方です。

一斉に窓は額縁今日の春 田口 晶子

初春の朝、晶子さんがご自宅の窓を一斉に開け放されて詠んだ気持ちの良い一句です。ムソルグスキーの「展覧会の絵」は散歩道の絵だが、こちらの窓の絵は全て冬景色。どんな景だったのでしょう。天空、遠山や冬枯れの森や田畑風景等々。思わず歌が飛び出したのかも知れません。別の句に「鑿研ぐを背に渾身の冬日かな」と力量のある句を詠まれている。

寒桜幼なじみの白き髪 竹本いくこ

寒桜の美しい庭園でお会いになった幼なじみとの久しぶりの会話。ふと気が付くと彼女の髪の白さに驚かれたか。長い黒髪が自慢で旧家のお嬢さんだった頃の思い出が彷彿。何十年ぶりかで再会し夫々の人生を語り合う。友情は変りなく残された人生にとつての大きな糧となり再会を約してお開きに。いくこさんは家事やお仕事等様々な苦労を重ねて来られた。

来し方を思い霜夜の茶を啜る  次山 和子

九月に最愛のご主人を亡くされた後に詠まれた句でしょう。毎年の年賀状を連名で出され、昨年の寒中御見舞いに<恩師が「いくつになってもむつまじく いくつになってもにこやかに」と結婚記念日を祝ってくださった>と書かれていた。同窓で同じ教職の道に進まれた模範的なご夫婦。霜夜にお茶を啜られている和子さんは寂しくても物事に動じない方です。

目を覚まし胸に毛布を引き寄せる  寺田  順

順さんにお会いしたのは、冬男師捌きの日比谷の記者クラブの席だったと思うが記憶が薄れている。毎号にユニークな句を出され六句に身辺を詠まれた。失礼乍らお独りの生活なのでしょうか。< 焼き芋や煮大根やこんにゃくを食べながら雪女の夢も見ている>と。阿刀田高氏の近著「九〇歳 男のひとり暮らし」に<今日もまあまあ。それでいい>とある。

皆同じ民族なりし初日の出  樋田 初子

初日の出はどこで拝されたのでしょうか。海辺か山頂か近の陸橋か分かりませんが見物客は皆同じ顔付きの日本人だったようです。電車に乗っても街を歩いても様々な顔付の人々に出会う昨今。日本に居住する外人は四百万近くで人出不足を補っています、日本は単一民族で言語も一つですが、少子化が続き外人の増える将来はどのような国になるのか心配。

ゆるびなき水平線や初山河  戸田 徳子

湘南に移られて二年の徳子さんはベランダから初山河を望んでおられる。ゆるびない水平線には船影も見えたのでは。海の向こうには戦乱の続く国々があるのに、日本は平和で雪の被った富士も見える。大国の横暴により国際情勢は急変するのが常。海に囲まれている我国も安閑とはしていられない。昭和百年が過ぎた今、歴史の教訓を生かした国策が望まれる。

墨筆の「一」一文字の淑気かな  橋本 里子

「一」の一文字が書かれていたのは色紙か軸か、或いは里子さんの書初めの一字でしょうか。清水寺の高僧の筆かも。改めて辞書で「一」を引くと「物事の最初 一番 最も優れたこと」等とあり正に淑気。他の句に「墨池から立ち上がる香や寒の内」がある。俳句道場には絵画や彫刻等の美術を題材とした象徴性の溢れる佳句を出され選者の高い評価が続く。

葉牡丹の並ぶ駅前人の波  浜田天瑠子

葉牡丹は江戸時代に渡来した不結球のキャベツの一品種で花壇に観賞用として飾られる。葉の色は白・黄・紫紅・淡紅で美しい。天璃子さんは川口市にお住いで川口駅前の花壇でご覧になったのでしょうか。川口市には外国人の居住者が多く人口の七%の四万人と聞き外来種の花が似合う。浦和の美術館で絵画の鑑賞をされる等優雅な日々を過ごされている。

独り居の壁に描たし春の詩  藤本 嘉門

毎号の同人作品の作者三十数名の中で九十歳を越えられた方が八名おられ、嘉門さんはそのお一人。俳句の他長年に渡る仏像彫刻を続けられ修行の日々と伺う。頂いている句集の中に詳しく書かれていますが、平成十一年に六十七歳の若さで亡くなられた奥様への思いがひしひしと伝わり、独り住いの壁に「春の詩」を描きたいとの意欲が途切れません。