一句一筆 (第六十四号より)

宮本 艶子

  岩清水おとない人に囁きぬ   越智みよ子

山路を行くみよ子さん。少し疲れた身に誰かが囁きかけます。耳を澄ませば岩肌から滴一滴と落ちる岩清水。「私に口づければ、ほら元気が出ますよ…」と―。水の地球も岩清水の一滴から。人は皆、地球の旅人。「おとない人に囁きぬ」と擬人化。別け隔てないやさしさの表出された癒しの一句です。

  夏の色実より美しき逆さ富士   角田 双柿

河口湖の「逆さ富士」でしょうか。静かな湖の水鏡。空も山も美しい対称の一枚の絵となります。〈水の面にやどる月さへ入りぬるは浪の底にも山々あるらむ 西行〉―水の深淵はこの世のものとは思えない怖いほどの美しさです。双柿さんは草茎・宇田零雨師の薫陶を受け、冬男師の片腕として「あした」を支えてきて下さった重鎮です。

  日変りの器楽しむ冷奴   川上 綾子

夏の食卓に欠かせないのが冷奴。薬味を変えるだけで、何の変哲もない食材。そこを器を変えることで楽しんでいます。お酒も一味、美味になります。平明な中にきらりと光るエッセンスが作風の綾子さん。〈ブレスレットはずれてはっと夏痩せや〉―いつまでもお変わりなく、一座で楽しいお酒をご一緒出来ますよう願っています。

  負うものの重さは言わじ夕端居   川岸 冨貴

涼を求めての夕端居。そして物思うところ。「負うものの重さは言わじ」と冨貴さんらしい凛とした意思のある作品。〈端居して仏となる日待つごとし〉と真砂女が詠んでいます。不思議な空間と刻が流れる端居です。〈芳ばしき夏野に体温同化させ〉―自然と一体化した若々しく瑞々しい感性と生命力に脱帽です。

  口ずさむ童謡もまた夕焼けて   河野 桂華

童謡を口ずさむとたちまち童心に帰ります。その様を「童謡もまた夕焼けて」と桂華さんらしい詩情ある作品に仕上げています。明日の晴を約束する広やかな茜色。歌声と夕焼が美しいハーモニーを奏でます。何事にも意欲的な桂華さん。若手の精鋭として臆せず「前へ」と挑戦され、「あした」の未来を拓いていって下さることでしょう。

  身を寄せる令和元年白絣   岸田 芳雄

五月一日、新元号「令和」がスタートしました。昭和、平成そして令和に。新しい時代に寄り添って生きる覚悟の男の矜持が思われる「白絣」です。〈白地着てこの郷愁のどこよりぞ 楸邨〉と昭和の郷愁も漂います。ふる里近江を愛し、漢詩に精通する芳雄さん。俳句に向きあう姿勢も一徹。そこには昭和を生き抜いた男の誇りがあります。

  病癒え闘志の少し涼新た   小泉富美子

炎暑の折は闘病されていたのでしょうか。新涼となりようやく本復。一歩踏み出す力が湧いてきた喜びが「小さな旅を試し」「真澄の空に背伸びする」と―。富美子さんには未だおめもじする機会に恵まれず残念に思っています。長い教職のキャリアをお持ちと伺っています。俳句道場にもお力添えを下されば、どんなにうれしいことでしょう。

  白団扇欲しき風色皆違い   小岩 秀子

 「欲しき風色皆違い」に「白団扇」のもち味が良く生かされています。家庭用に使う無地の団扇。扇ぎ方ひとつで嫋やかに、時に荒々しくと様々な趣きのある風を生む団扇。遣い手の心模様によって自在です。〈終戦日時計の振子電池切れ〉―令和の時代もあの戦争の悲劇を繰り返すことのないよう、平和な時を刻み続けられますように―。

  梅雨籠狂いしままのピアノ弾く   設楽千恵子

じめじめと降り続く雨。外出も憚られます。所在なくつい家の中に籠りがちになります。嘗ては子供さんの使っていたピアノでしょうか。もう随分、調律もしていないピアノに向かい、気の赴くままに指を走らせます。衒いのない等身大の作品の多い千恵子さん。それが多くの人の共感を呼び、句会ではいつも高得点を得ています。

  白百合や峡地に凛としおらしく   清水うた子

峡地に慎み深く、しかし凛と咲く白百合―それこそ誰もが認めるうた子さんのお姿。世は百歳時代といわれますが時代の波に翻弄されながらも〈土用芽や生きなん力空仰ぐ〉と命を繋いでこられたのです。〈征ったきりの靖国の庭終戦日〉―悲痛な叫びを胸に畳み、ひたすら人生を歩み続けた人たちを「忘れじ」と心に刻む作品群でした。

  銀河濃し曜変茶器を見し夜は   清水 將世

黒釉陶の至芸といわれる曜変天目茶碗。『中国福建省の建窯で南宋時代に作られた天目茶碗の一種。漆黒釉面に大小の星紋が浮かび、そのまわりが玉虫色に光沢を放つ』と広辞苑にあります。「銀河濃し」の季語がこの説明で胸にストンと落ちました。將世さんは俳句道場でもめきめきと実力を発揮。奥さま芳子さんとは俳句の好敵手です。

  黄昏の十薬かりそめならぬ白   白根 順子

梅雨の薄暗く重い夕闇にあって白い十字の花は、ここぞとばかりの存在感があります。「かりそめならぬ白」とは言い得て妙。揺るぎない意志のある十薬の白なのです。順子さんは「あした」の編集者のみならず、様々な重責を担われ、超人的な日々を送っておられます。「あした」の結束力も順子さんの要があればこそと感謝するばかりです。