一句一筆 第百号より

白根 順子

生き延びて隠れ上手の目高かな  設楽千恵子

昔は、目高は小川で掬ってくるものでした。いまはホームセンターで売られています。幹之(みゆき)の背の光の美しさに惹かれ、三匹ほど買いました。千恵子さんはお庭の甕で飼っているのでしょう。増えすぎて困るという話も聞きますが、物音がすると藻の影に入り静止する、人間社会で生き延びる動物の知恵の一つかも。千恵子さんの観察眼の的確さが一句を作りました。

夏富士や山の威容を剥き出しに  清水 將世

富士山がいちばん美しく見える季節は冬、それも二月といわれます。空気が最も澄んでいてカラッと晴れた青空と雪化粧した富士山のコントラストは最高です。掲句はお化粧を落とした夏富士を「山の威容を剥き出しに」と詠まれていますが、この句は將世さんが富士山に登り、岩が露出している場所や足場が不安定な箇所での一句と拝見しました。

重き辞書に刻預けおく白露かな  須賀 経子

「刻を預ける」という言葉は、ある物事の処理や判断を他の人に委ねることを意味します。経子さんは何やら改まった文章を書こうとしているのでしょう。普段はあまり使わない広辞苑を持ち出してゆっくりページに目を通す、この気分になったのも「白露」の候だからと経子さんは詠んでいます。
草花の上に降りた朝露が白く涼しく見える、そして秋のもの寂しさも感じられる一句です。

ガーデニング趣味の媼に風薫る  菅谷ユキエ

一瞬にして現在の日常がどんなものか理解できる一句です。媼とはユキエさんご自身のことでしょう。「老いたる我」などと書くより、この媼の文字の俳諧味が伝わります。媼にはしたたかさもあって、自由自在な存在感もあります。何より「風薫る」という季語が日々の豊かさを証明しています。籐製品を制作する技術もお持ちのユキエさんです。

夏果や修司の遺稿色褪せず  高尾秀四郎

掲句は秀四郎さんが「俳句随想」で寺山修司の俳句を取り上げる時、その俳句作品を読んだ後の感想を詠んだものと思います。秀四郎さんの心の昂揚が一句に溢れています。修司の句集は彼一流の虚構から成り立つといわれますが、「桃太る夜は怒りを詩にこめて」は彼の真実と思います。掲句の上五「夏果」は、秀四郎さんの若き日の渇望が修司と重なり、見事な季語の斡旋と思いました。

芦茂るささやく風の裏表  高橋たかえ

一読して風景が目の前に広がる句です。「あした」のルーツである「若菜会」のメンバーだったたかえさん。何気なく詠まれる作品に今の状態、こころを入れ込んでいるのです。掲句の芦は河川敷など水辺に生える植物で、葉は細長く先が垂れ下がっているのですが、少しの風も捉えて葉を翻します。万全とは言えない現在の健康状態など、「風の裏表」という表現に思いが凝縮されています。 順子17ラブの最後の砦として作句されておられるみよ子さんに敬服です。

木障に噴く茗荷の花の三つ四つ  田口 晶子

春の若芽は茗荷竹、晩夏に出る花穂は茗荷の子と呼ばれ、どちらも食材として料理に用いられます。花穂はそのままにしておくと花をつけ、その淡黄色の清楚な花は一日でしぼんでしまいますが、次々と咲き続けます。掲句は晶子さんの日常の一齣ですが、茗荷の花を見つけた時のときめきが伝わります。書道にエネルギーを注ぐ晶子さんの疲れを癒す茗荷の花の色が鮮明に浮かぶ一句です。

眼裏に姑の作りし茄子の馬  竹本いくこ

またお盆の季節がやって来ました。年齢を重ねてお寺さんとのお付き合いも自分がやらねばと思われている姿が見えます。そんな折、いくこさんはご一緒に生活されたお姑さんのことをふと思い出されたのでしょう。丁寧に作っていた茄子の馬は、後々もこのように作って欲しいという教えだったのではないかと、その歳になってみないと分からないことが多いこの頃という一句です。

高原の思い出束に吾亦紅  次山 和子

和子さんが那須に畑をお持ちのことを思い出しました。ジャムを頂戴したこともあります。那須高原は緑豊かな山々、湖、牧場など自然を満喫できるスポットが豊富です。掲句の「思い出束に」から想像すると、和子さんは那須を引き上げられたのでしょうか。一句の中の季語「吾亦紅」は、和子さんが元気に畑づくりをしていた頃を、自分もまた紅く輝いていたと控え目に自己主張されているのです。

ヨット行く「狂った果実」の裕次郎  寺田 順

いまの若者が知らない動く石原裕次郎は、私たちの中で人気ナンバーワンの俳優でした。「太陽の季節」で芥川賞を受賞した裕次郎の兄石原慎太郎原作の短編小説「狂った果実」は、裕次郎を一躍スターにしました。「求めて得られず、愛して虚しき青春の悶え、背徳の世界に乱れ狂う若さ」などのキャッチコピーを背負い活躍した裕次郎にはヨットこそが似合うと順さんは思っているのでしょう。

生くかぎり青春と思う仏桑花  樋田 初子

青春をテーマにした名言は数多くありますが、特に有名なのはサミュエル・ウルマンの「心の持ち方を言う」という言葉です。また松下幸之助も「信念と希望を持ち、常に新しい活動を続けるかぎり、青春は永遠にその人のものだ」と述べています。初子さんも当然これらの言葉を下敷きにして一句を書かれたのですが、勇敢、艶美、輝きなどの花言葉を持つ仏桑花を季語に据えられたのは大正解です。

今さらの断捨離辛き西日窓  戸田 徳子

湘南のシニアハウス生活もかれこれ十か月ほどになるでしょうか。高階からの景を捉えて作句されていますが、「露草」と題する今回の作品群はもとのお家を整理なさる感慨を詠まれています。断捨離とは自分にとって本当に必要なものを見極めることですが、不要とはわかっていても愛着は捨てきれません。思案する徳子さんに容赦なく入り込む西日、季語の斡旋が上手な一句です。