一句一筆 (第五十号より)

             青木つね子

  野すみれやことば欲しげに傾ぐ首   小岩 秀子

清楚な野すみれは秀子さんのイメージそのものである。近頃は地方の通学路なども舗装され道端にすみれを見られなくなった。秀子さんはたまたま見つけたすみれの花に「ことば欲しげに傾ぐ首」と可憐な様子を表現しています。腰をかがめて優しく言葉をかけたであろう秀子さんの姿が見えるようです。

  クレソンのせせらぎ光り合う流れ   古閑 純子

この句に浮かんでくるのは柿田川の流れです。富士山の伏流水を源としての清流に育くまれたクレソンの印象、数年前に遡れば耳に残るせせらぎ、青々と日を返し合う眩しい流れなど忘れられない光景です。柿田川の辺を散策したことも私の懐かしい一ページとなっています。

  春風や言葉の光る絵手紙展   設楽千恵子

梶の葉句会では千恵子さんの句にはいつも優しさを感じています。趣味も多く絵手紙もその一つでしょう。紙面溢れんばかりの絵は言葉以上のものを語っています。「言葉の光る」と詩った千恵子さんの表現の豊かさにいつもながら感じ入りました。千恵子さんの光る一句です。

  囀りの声になごむや朝の庭   清水うた子

うた子さんはあしたの会員では多分最高齢ではないかと思います。近年体調がすぐれなく臥すことの多い中、梶の葉句会にも必ず句を寄せて下さっています。朝の庭先に小鳥の囀りを聴き床の中で春の気配を感じながら静かに気分を味わっている様子が窺えます。俳句が生き甲斐とおっしゃるうた子さんの俳句に対する熱意は尊敬して止みません。これからもご健吟をお待ちしております。

  流氷や鷲一点を見つめおり   清水 将也

男性らしい一句、知床の海を想像しています。北の大地に春の訪れを知らせる流氷は海に沢山のものを齎してくると聞いています。一点を見つめる鷲とは獲物を狙っている尾白鷲でしょう。険しい状況が映るようです。端的な言葉で厳しい北の海の有様を語りつくした力強い一句、男性の感覚ならではと思いました。

  初蝶や千年を知る磨崖仏   清水 芳子

「国東の旅」と題された中の一句は臼杵の石仏のことと思います。平安後期からのもので七十五体余りの像があるとのことです。古い石仏と翔ったばかりの蝶、意外なとり合わせに惹かれました。芳子さんの繊細な感覚と冴えた視点による一句。私などは旅に出ても他のことに気を奪われてついつい俳句のことなど忘れて了いますが今後旅に出た折には心したいと考えています。

  鳥雲亡夫の待ち居る灯に帰る   白根 順子

 第三十三号で頂いた順子さんの一句では「十薬や夫を待たせいる家路」でした。今号は「亡夫の待ち居る灯に帰る」です。今は亡きご主人を想う句、「待ち居る灯」の言葉が何とも胸に応えます。月日の流れは人の運命を変えますが人想う気持は変わることはありません。私も最近同じ思いで過ごしておりますので深く感銘いたしました。

  青き踏みまだ歩く足宥めつつ   須賀 経子

年と共に誰にも忍びくる身体の不調は足ばかりではありませんが精一ぱい生きるために「宥めつつ」と経子さんは詠みました。看護師としてのご経験で培われた優しさと天性の人柄の良さの中に潜む意志の強さは「青き踏み」と前向きな姿勢の句となって表現されました。

  春耕の畝ゆるゆるとうねうねと   菅谷ユキエ

十句の中目を引いた一句、殊更めく言葉を連ねてはいないのに春の長閑な情景の見えてくる句です。ユキエさんの俳句はその人柄のように飾り気なく素直に詩ったものが多いと感じています。あしたの大先輩で梶の葉句会にはいつも佳吟を寄せて下さっています。

  来年もこの花賞でむ老夫婦    鈴木 哲也

誰にも明日のことは解かりません。まして来年のことなど計り知れません。老夫婦とはご自分のことでしょうか、いつまでも二人で過ごせることは幸せなことです。私も昨年までは同じ思いでおりましたのに今年は叶わぬこととなって了いました。鈴木さんには来年と云わず再来年も、十年、二十年も共に花を賞でゆたかな日々を送って下さいますよう。

  雛納め遅らす父でありし頃   髙尾秀四郎

この句の中に見た父親の心の色、潜んでいる本音の呟き、すでに嫁がれている娘さんの残されたお雛様に過ぎし日を偲んでの一句と思いますが、今も娘を愛してやまない父の想いが溢れています。子供に対しての父親と母親の愛情の表現は異なると云われます。この句の中に不器用な父親の心の奥を垣間みた気がしました。

  枳殻の花さびくと垣の荒れ   高橋たかえ

 「からたちの花が咲いたよ、白い白い花が咲いたよ」と北原白秋のこの詩は少女時代の愛唱歌でした。緑のとげの間につけた白い花の垣根は私の母校にもありました。今はブロックの塀となっているようですが、たかえさんも荒れた枳殻の垣根に少女の頃を思い返していたのでしょう。植物についての知識の豊かさは誰よりも深く句会に於ても草木や花に優しさを籠めて詠んだ句は数多です。今回は忘れて了っていた枳殻の風情を呼び起こして下さいました。