一句一筆 (第五十六号より)

次山 和子

逃水や命の果てのうすあかり  安田 孝

医師である孝さんの「命」についての特別な感慨が思われる一句である。そして、この句からは、万太郎の〈湯豆腐やいのちのはてのうすあかり〉が思い浮かぶ。十句の中には「犀星忌」「荷風忌」の句もあり、孝さんが常に先人を尊び先人に学ぼうとしておられる姿も読みとれるのである。

春光や米寿をかるく通過せり   富子

富子さんの十句は、ご自身の米寿の句五句、花の句五句で構成されている。みな明るく、のびやかでしかも力強い。特に掲出句の「米寿をかるく通過せり」とは、何ともうらやましい。春光のきらめきが富子さんをいっそう輝やかせ、百歳への確かな歩みとも思う。

結願の善光寺へと春ショール  山﨑 宗喜

安心の巡りの結願は善光寺。逝かれた夫君の極楽往生を祈り、ご自身の心の平安を願いつつの旅。それが叶ったと、読者が安堵するのは、座五の「春ショール」である。明るい結願である。〈春の宵酌みてひとりの老い心地 宗喜〉その後の宗喜さんである。新しい境地からは新しい句が生まれることであろう。

びやかな筆塚の文字梅真白   英子

い古した筆を供養する筆塚は、学問の神を祀る天満宮に建てられていることが多い。そこには道真ゆかりの梅も。早春の光と風は筆塚の文字を輝かせている。英子さんはその筆跡を「伸びやかな」と捉え春のよろこびを感じている。平明な一句なればこそ、読者をその景に誘うのである。

漱石を読み継ぐ会よ花の寺  

町田文学館に学芸員としてのご勤務の長い他美子さんは、文学館主催の様々な会でも研鑽を積んでおられる。掲出句もその様な学びの一つであろうか。「読み継ぐ」学びが、咲き継ぐ花と呼応する。広く文学全般に親しみ、そこから詩精神を学ぶことは、ことばを発する力ともなり、句作にもつながることであろう。

春暁や目覚めし疎林むらさきに  吉田 光子

景の見える一句である。光子さんは、目覚め初む疎林が、むらさきに煙って見えると捉えた。絵筆をとりたくなる様な景である。感覚に溺れず無理なく表現したことで、読者もその感覚を共有できるのである。やはり、春暁に色を見ている次の句も〈ねむる子に北の春暁すみれ色 成田干空〉

税務署に犬大人しく納税期  渡部 春水

犬を連れての税申告である。署員とのやりとりを、主の傍らで敬聴しているかの様な愛犬。春水さんは、掲出句の様に取り上げ難い季語や、時事的な問題も詠まれることが多い。難しいといわれるこれ等の句も「あした」の流れの中で詠み切っておられるので、時を経ても褪せることなく残っていく句である。学ぶこと多々である。

白砂哭く春霜を踏む庭草履  つね子

白砂の敷きつめられた寺領であろうか。そこへ庭草履で降り立つ。日常を離れたひと時である。掲出句はつね子さんの京の旅連作の中の一句。十句の中には、嵯峨野、詩仙堂、曼殊院等の句も見られる。旅吟のむずかしさは、地名などの固有名詞に寄り掛からず旅の感動をうたい上げることとも言われており、掲出句は美事である。

闊歩する朴の高下駄マント脱ぐ  石井 季康

今、この風姿を見られるのは、旧制高校の「寮歌祭」位であろうか。九十代の老紳士が肩を組み合って歌う様に、哲学を論じ恋を語ったであろうありし日への郷愁が漂う。芥川の「雁」や、川端の「伊豆の踊子」の古いフィルムの中にも、その風姿を追う。さて、季康さんは「マント脱ぐ」の座五に、何を解き放とうとされているのであろうか。

あれこれと変わらぬひと日蜆汁  江森 京香

変わらぬ日常こそ何より有難い。京香さんは、そのしみじみした思いを「蜆汁」の季語を斡施することで美事に読み手に伝えている。この句は、日々の暮らしこそが「季語の現場」であるという証でもあろうか。私たちが愛用している「あした季寄せ」は、冬男先生以下編集委員のお骨折によるものであるが、私たち、「あした」全員の作品が掲載されているという希有で誇れる季語集であり、汲めども尽きぬ学びの場でもある。

雪除け取る光の束のかけ足で  越智みよ子

枝折れなどもなく、無事に越冬した木々の雪除けを解く気分は清々しい。解放された木々へは光が降りそそぐ。その様をみよ子さんは「光の束のかけ足で」と詠みなした。まさに春そのもの。みよ子さんの臨場感に読み手も共感するのである。次の一句も〈雪囲解けて月日が走り出す 三田登美子〉

踏み迷う落花降り積む花の山   双柿

花は私たちに特別な感慨を呼ぶ。さまざまなことを思い起こさせ心を揺さぶる。花の山に踏み迷ったと詠まれている双柿先輩は、思索の迷路に入り込まれたのであろうか。掲出句の「花の山」は心に映る花の山であり心象の景であろう。その「花の山」に立ち、余白の中に象徴の世界を求めておられる。まさに、あしたの目指す「心象から象徴へ」を体現している一句である。とは言え、筆者には遠い高みの一句でもある。