一句一筆 第九十九号より

白根 順子

夏きざす古地図で辿る街歩き   芦澤 湧字

「古地図で歩く江戸· 東京」「古地図で大江戸―おさんぽマップ」などの本を書店で見かけることがあります。国土交通省のウエブサイトで閲覧もできますが、その土地の過去を知りたいという思いがあってこその確認です。湧字さんの趣味は多彩で、落語、相撲はまさにマニアックな方です。掲句は季語に時候を入れ、すっきり一句を仕上げています。連句のメンバーとしてすっかり定着されました。

除草剤ホタルも草も消え去りて  足立  眸

これからの季節は草との闘いです。市有地は定期的に草刈りを行っていますが、生物にとっては棲息地を奪われていることになり、特に蛍は夜七時位まで葉の裏にいることが多いため、除草剤で枯れた葉には棲息できません。眸さんは古典を学ばれており、清少納言が「夏は夜」と書いている章に触発されたのかもしれません。

展望デッキ機体を指呼に風薫る  安西 信之

離着陸する航空機を間近に見られる展望デッキ。羽田空港は都心に近く、展望デッキへは誰でも自由にアクセスできるので、観光で行く方もおられます。信之さんは航空機を指呼の間にと詠まれているので第三ターミナルの風を胸一杯吸われているのかも知れません。旅に出られるのは健康に自信があってのこと。信之さんの作品に胸が躍りました。

新茶あまし朝の大気の香ぐわしき 江森 京香

何とすがすがしい作品でしょうか。新茶の季節の朝のくつろぎの様子を余すところなく詠みあげ、何の説明もいりません。京香さんは二年前にご主人を見送られましたが、野菜作り、お料理、編み物など家事のベテランで、ご主人も満足して旅立たれたことでしょう。時間の余裕がおありならば是非「俳句道場」へご出席くださいますようお待ちしております。

源氏乗る牛車は何処賀茂祭    岡崎 仁志

仁志さんが描く京都の風景はリアルで、それに俳句的思考とイマジネーションを乗せると素敵な一句が仕上がるということです。掲句の季語は賀茂祭。京都三大祭の一つで五月十五日に行われます。源氏物語のなかの「車争い」の事件を思い起こします。女の嫉妬とプライドは生霊となりますが、「源氏乗る牛車は何処」の表現に光源氏が賀茂祭のどこかにいるように思われます。

竹の子を捌きさばきぬこれ好日  越智みよ子

中七の「捌きさばきぬ」から、筍は一本や二本ではないことが分かります。筍は土から出る前に掘り上げると高級な食材となります。筍の皮は大量の生ゴミになりますが、みよ子さんも茹でる前の作業に大わらわのようで、「これ好日」ということは季節を楽しんでおられるという事です。本庄俳句ク(第九十九号より)白根 順子17ラブの最後の砦として作句されておられるみよ子さんに敬服です。

茅の輪潜り重ねてやる気充填す  角田 双柿

双柿さんが詠まれている「茅の輪潜り」は、熊谷市の高城神社の「胎内くぐり」のことでしょう。六月三十日、半年の穢れを落とし、七月からの健康を祈願するために約四メートルの輪を私も潜りました。双柿さんは主宰誌「あした」の編集長として冬男先生が最も頼りにされてこられた方です。今もなお「やる気を充填」する気概をお持ちで、心の拠りどころでもあります。

汗みどろ球児の夢の大リーグ   川上 綾子

大谷翔平選手の大活躍もあって、日本の野球が世界で認められています。間もなく高校野球で夏の甲子園が湧くことでしょうが、選手たちの努力は並大抵のものではありません。「球児の夢は」ではなく、「球児の夢の」としたことで、綾子さんの大リーグへの関心度も表わされています。清元、常磐津などにも造詣が深く、折に触れ俳句にも詠まれています。

麻衣古代の知恵の脈々と     河野 桂華

一句の中に色々なことが含まれていることがわかります。古代の知恵は、自然素材の麻をタデ科の藍で染める「藍」を用いた染色技術のことでしょう。桂華さんの特技はダンスで、KATYダンスとは心の喜びを表現した即興ダンスと伺っています。藍染の麻衣を纏い創作の「卑弥呼ダンス」を神前に奉納する桂華さんの俳句は大らかでとてもユニークです。

海酸漿かすれし音を涛と聴く   川岸 冨貴

昔は縁日の夜店には必ずあった海酸漿が今は全く見当たりません。現代っ子は海酸漿とはどんなものか想像すら出来ないのではないでしょうか。小さな籠に盛られた「薙刀酸漿」と「軍配酸漿」、目を瞑ればその形はすぐ現れ、涛音も聴こえてくるようです。冨貴さんの好奇心は多方面にわたり、連句の付けは社会性のある時事句を捻り出して下さっています。

咲き誇る紫陽花の色濃く哀し   小泉富美子

紫陽花の色は土壌の酸性度と花に含まれるアントシアニンという色素の反応によって決まると言われます。私も深い青色の紫陽花の咲く日を楽しみにしています。富美子さんの詠まれた紫陽花もたぶん青色ではないかと思われます。日増しに色を深めていく紫陽花、その色の美しさを心から愛しているという感情を「哀し」と表現しているのです。この「哀し」という言葉に惹かれました。

古道具と息整うる庭立夏     小岩 秀子

古道具というと明治から昭和初期の、日本の古い家具や雑貨を指すようです。「芒種かな納屋の窓々風豊か」という一句からも考えられることですが、しばらく使っていなかった古道具を偶然見つけ出して何か面白いアイディアが浮かんだのかも知れません。また、茶道を嗜む秀子さんの大切にしている抹茶碗に淹れた至福の一服とも思えます。「息整うる」にこころの安定を感じました。