一句一筆 第百一号より

渡部 春水

蜻蛉飛ぶ今日は新聞休刊日 橋本 里子

平月の新聞休刊日は月一回で第二月曜日が多いようだ。配達員の慰労と輪転機を休ませることが目的で決まったらしい。毎朝決まった時間に郵便受けを覗くが、今日は空っぽ。朝刊がないと何となく朝のリズムが狂う。土曜日の郵便配達が中止になって久しいが、蜻蛉の飛ぶ空を見上げながら時の移りを改めて感じる。詩情豊かな里子さんの句に学ぶことが多い。

古書店の本との出会い秋深し 浜田 天瑠子

書店の数が激減している今、作者は古書店でどんな本に出合ったのでしょう。以前から読みたかった本か今も愛読している本かも知れない。或いは装丁の立派な古い美術書だったのかも。秋の深まる中、絵画の他にカラオケの趣味等もお持ちで、豊かな日々が伺える。筆者の書棚にも神田の古書店で買い求めた様々な貴重な本が並んでおり、時折開く。

台風や室戸岬の波荒し 藤本 嘉門

幾度も四国八十八箇所の巡礼を重ねられ、室戸岬では台風に襲われたお話を伺ったことがあり、その時の句でしょう。六十二歳で鎌倉仏師糸の元で彫り始めた仏像が二十五体とのこと。何冊もの句集を出され、今も行脚中心の力強い佳句を詠まれエッセイも書いておられる。ご高齢にも拘わらず壮健な日々を過ごされているお姿が目に映ります。

悉く遺品となりし秋の暮 宮本 艶子

「悉く遺品」の措辞に一年前に亡くされた最愛のご主人への想いがひしひしと伝わります。身に着けておられたものや蔵書等すべての物をそのままにされておられるのかも。大きな哀しみが続いた一年だったと思いますが、物事に前向きな姿勢で対処され、句会では選者として全ての句を熱心に評される等、俳句への揺るぎない情熱を堅持されています。

ホームズの脳は灰色柘榴割る 森川 敬三

「あした」には元教師の方が何人かおられるが、敬三さんは今でもいくつかの句会で指導をされているご様子。俳句道場で「文法をめぐる大論争」があり、学ばせて頂いて久しい。掲句の「ホームズの灰色の脳と真赤な柘榴」との対比は連句に繋がりそうで面白い。連句協会では常任理事として国文祭を担当され、各地を飛び回り高尾会長を支えておられる。

銀杏乾す強風起きてちりぢりに 柳瀬 富子

ミニエッセイに「九十歳の時に自転車で転び入院」とありましたが、今はリハビリを続けながらとてもお元気なご様子。庭の銀杏を乾していたら強風に飛ばされ「強風憎し」と。別の句に「夫の椅子に掛けて句作や秋彼岸」とありました。ご家族に囲まれ年齢を感じさせない発想で句作を続けられ、誠に羨ましい限りです。益々のご壮健をお祈りします。

訪う人のなき墓増えぬ秋彼岸 山田他美子

昨年一月の能登地震で七尾市のご実家も被害を受けその後に墓参をされたのでしょうか、地震で倒壊した墓地は悲惨な状況であったと思います。その墓地に訪れる人もない墓があつたのかも知れない。全国的に無縁墓地が増え続け、二十数年前から継承できない墓を法的措置で行政が整理出来るようになったらしい。読書家で歴女の他美子さんは連句仲間。

八朔や重き倉の戸開け放ち 青木つね子

八朔は珍しい季語。公家や武家で吉日として祝い、農家では穀物の実りを祈った。つね子さんは昔ご実家の倉を開閉した事を思い出されたのかも。別の句にも八朔が詠まれ昔を振り返っておられる。矍鑠とした日々を過ごされ佳句を詠み続けているご様子に敬服。筆者も、昔お盆に帰省し倉の戸を開けたことがあり、とても重たくて施錠にも手間取った記憶が。

プレス機の音鳴り止まぬ家業の灯 芦澤 湧字

日本経済の底辺を支えている中小企業は家族経営が多い。湧字さんが生まれ育った東京の下町には規模の小さな工場のプレス機の音が深夜まで響いていたのでしょう。トランプ大統領の身勝手な関税政策で経済不安が募る中、黙々と汗を流している中小企業への行政の支援を見守りたい。作者は俳句の他連句でもめきめきと力をつけておられ、嬉しい限り。

茅葺きの古寺の重みや秋ゆきて 足立  眸

岩手県奥州市に日本最大の茅葺の寺がある。茅葺屋根は縄文時代に始まるが三、四十年毎に葺き変えねばならず千万単位の費用を要するとか。眸さんが詠まれたのは何処の古寺でしょう。あしたの会員にとって、茅葺きの古寺と言えば熊谷の常光院。令和五年五月に冬男師の墓参を兼ねた句会を開催。八百年の歴史を誇る古刹は熊谷市の指定文化財でもある。

白菊につつまれている寝顔かな 安西 信之

「秋袷」と題した六句は忌の句だと思いますが、見当違いであればお許しを。白菊につつまれた寝顔は亡くなった方でしょう。冒頭の句「遅れ来て膝にたたみし秋袷」は通夜客かも。他の句にも、忌の言葉なしで通夜や葬儀の場を感じさせる巧みな言葉で詠まれている句が多く、感心致しました。「あした」に入会されて二年半、句会でまたお会いしたい。

どの山も神が住みいる秋の雪 江森 京香

山岳信仰は山に超自然的な威力を認め、あるいは霊的存在とみなす信仰。京香さんが詠まれた秋の雪を被った山は何処でしょう。高山の並ぶ北アルプスか北国の連山かも知れない。山国の日本では土俗信仰が仏教とも習合して修験道を産んだ。ご主人を亡くされた京香さんは今まで以上に句作に励まれて身の回りで見つけた句材を上手に詠まれている。