一句一筆 (第五十三号より)

             宮本 艶子

  土の香の円空仏天高し  石井 季康

鑿の痕そのままに素朴で力強い円空仏。地上の生きとし生けるもの全てに注がれる温かく、やさしいご慈悲のお姿。その様を「土の香」と詠まれています。そんな円空仏を下五「天高し」で受止められた清々しい句ですね。鴨台薔薇句会を支えて下さっている季康さん。道場にも是非、足をお運び下さい。一献を傾けながら古代のロマンをお聴かせ下さい。

  秋麗や笑みうつくしき伎芸天  江森 京香

多くの文人たちの心を捉え、言葉を尽くされてきた奈良・秋篠寺の伎芸天。京香さんは素直に「笑みうつくしき」と爽やかに詠まれました。季語「秋麗」が作者の澄んだ安らかな心模様を映しています。〈秋燈や耽読の本閉じるまで〉は読書家の京香さんの日常が手に取れるようです。梶の葉句会・連句会では車を出して下さり、感謝するばかりです。

  無為という生きざまの中敬老日  越智みよ子

 「長年、社会に尽くしてきた老人を敬い、長寿を祝う日」というのが敬老の日。改めて言われると何とも面映ゆい気分。今はもう無為の日々なのに―とみよ子さんらしい慎み深い一句。もう一句〈間引菜を想定内に蒔き終えし〉―想定内の間引菜は諧謔。貝割菜ではこの味は出ませんよね。つまみ菜の一品が食卓にのぼる日が楽しみです。

  草の絮未来はなべて風まかせ  角田 双柿

双柿さんの「悠悠」とした境地に、まずは乾杯。十句の作品全てが双柿さんの日々を余すところなく活写されており、その格調の高さに敬服です。梶の葉句会でお教え下さる季語への深い洞察、沢山の事を学ばせていただいています。これからも末永く矍鑠と私たちをご指導下さい。

  馬肥ゆる降りそそぐ陽に愛されて  川上 綾子

 「天高く馬肥ゆる秋」ですね。「降りそそぐ陽に愛されて」の措辞は綾子さんの優しく、愛に満ちた表現。〈馬肥ゆる跳ねて黄金の毛艶かな〉今にも馬が立ち現れそうです。〈とろろ汁祖父は自慢も擂りこんで〉祖父との交感が一味違うおいしさに。ほのぼのとします。決して出しゃばらずさりげなく俳句道場も連句会もしっかりサポートして下さる綾子さん。ありがとうございます。

  青春の愛惜を抱く湖の霧  川岸 冨貴

霧のベールに包まれた湖が、青春の日を思い出させます。巻き戻すことの出来ない甘やかな青春。だからこそ一層、愛惜の念が募ります。冨貴さんの作品はどれも力強く、ぶれない意志が見えます。〈青虫の臭角ぬっとオレンジ色〉―のように怠り無い観察眼とユーモアもあります。全てに於いて大先輩の冨貴さん。いつも助言をいただき、励まされている私です。

  我が城に落とす溜息秋灯下  河野 桂華

桂華さんの徳島でのご活躍は折に触れ耳にしております。「秋にまみれて」の十句は壮年期ならではのちょっと斜めに構えた虚勢とペーソスを覚えます。自分の世界に戻った時、ふっと落とす溜息。気を張っていた一日が思われます。「秋灯下」の季語の斡施がいいですね。試行錯誤しながらも桂華さんらしい新鮮な句を楽しみにしております。

  八朔の産土田畑ほっつきぬ  岸田 芳雄

芳雄さんの出身は近江。八朔には鎮守社に参詣し、秋の稔りを祈願されるのでしょう。宇陀では各家の自慢の煮染めなど重箱に詰め神社に持ち寄り酒宴が行われていました。「ほっつきぬ」には土地を離れた者の後ろめたさと愛惜が思われます。八十路とは思えないパワフルな芳雄さん。これからも葉月・道場句会を牽引して下さい。

  フィヨルドを渡りて秋声消えにけり  小泉富美子

北欧の旅十句です。未だ北欧に旅の叶わない私ですが、富美子さんの作品から様々の景色が去来し、楽しませていただきました。船で渡る氷谷。今しがたまでの秋の気配はどこへやら、そそり立つ氷壁に息を呑み、たちまち気分が変わる一瞬を見事に捉えています。海外詠はむずかしいですが、折々、楽しませて下さい。

  巻き上げる父母の声染む秋すだれ  小岩 秀子

仙台からの秀句を寄せて下さる秀子さん。掲出句、父母の代から大切に使われてきた簾。秋になってその簾を仕舞う時、懐しい父母との日々が昨日の事のように思われるのでしょう。その時間を愛しむようにゆっくりと巻き上げます。仮名書きの「秋すだれ」に思いの深さが表出されています。

  藤村忌蛇行する川大いなる 古閑 純子

島崎藤村(一八七二~一九四三)の詩人・作家としての年譜を繙くと家系や時代背景、二度の結婚など並々ならない人生が窺えます。純子さんは藤村のそうした行跡を「蛇行する川大いなる」と感慨深く詠まれました。「大いなる川の流れ」は今もその功績が脈々と受け継がれていることを改めて想起させてくれます。〈流星や燃ゆる音なく闇を刺す〉―当然を再認識させ共感を呼ぶ作品ですね。

  ひとり居の月日を満たす花野かな 設楽千恵子

道場句会でこのところ特選の快進撃を続けておられる千恵子さん。その上手さには定評があります。現在のひとり居の心境を「花野」の季語が余すところなく象徴として詠まれています。華やかではないけれど、美しい自然の風情は、年を重ねる毎に、その心を満たすに充分です。俳句は文芸ですから虚に遊ぶことも多いのですが、間々、心の有り様を覗かせてくれ、読者の琴線に触れます。