一句一筆 (第五十八号より)

渡部 春水

  病葉に生命の尊厳教えられ   鈴木 哲也

盛夏の公園や歩道に赤茶けた木の葉が落ちている。病葉だ。青々とした樹木の中のほんの一部であるものの、何とも哀れ。平均寿命が伸びた日本の社会でも、様々な病で若くして命を落とす人達がいる。筆者は哲也さんと勤務先も「あした」での句歴も同じ。人生観や価値観も似ている。生命を尊び謹厳実直で優しい人柄。奥さんとの海外旅行で詠んだ句が多い。

  長崎忌片鳥居まだ佇ち尽くす   髙尾秀四郎

片鳥居とは、長崎原爆で左半分を失ったものの、未だ形を留めている山王神社の鳥居。大正十三年の建造で元々は島原の乱の後に建立とか。秀四郎さんは戦後のお生れで被爆経験はないが、帰郷時に鳥居を見ながら生地への思いを深めておられる。企業経営に携わりつつ、日本連句協会では理事長の重責を担われ、「あした」では選手兼監督として八面六臂。

  紫蘇揉みてひととき戻る主婦の顔   高橋たかえ

たかえさんは、「あしたの会」の前身である「若菜句会」で妙哲尼(冬男師のご母堂)から俳句を学ばれたとのことで、今年で六十五年らしい。冬男師とは小学校の同級生と聞き、「あした」の歴史を知り尽くされておられる。紫蘇揉みをしながら主婦の顔に戻り、鬼籍に入られたご主人やご友人との日々を振返る。他に仏を詠まれた数句を掲載。

  秋の蝉元気を出せよ俺が居る   高橋 福八

作者は古くからのあした会員であり、俳句道場へは四年前から入会され、毎月の句会出席を欠かさない。本庄市で多くの会社を経営し、地元財界の重鎮。相当の苦労を重ねての今日なのでしょう。晩夏となり、盛りを過ぎた蝉の声を聴きながら「俺が居るぞ」と励ましている作者は、自らを励まされているのかも知れない。新年のテレビ埼玉で「清元」を熱演。

  爽涼ややおら尺八理里有楽を   田口 晶子

理里有楽(りりうら)を知らなかった。広辞苑で調べて見ると早歌(そうか)の異称で、鎌倉・室町時代の歌謡。貴族や武士などの宴席などで用いられ、能の曲舞と関係があるらしく尺八も入るとのこと。音楽教師であった晶子さんならではの句。「爽涼や」にぴったりの曲なのかも知れない。四月の定期演奏会で、アヴェ・マリアを歌われ拝聴。美声衰えず。

  真言を唱う本堂薫風裡   竹本いくこ

作者は薫風の中、真言宗の菩提寺の本堂で、読経を聴かれている。お身内の法事であろうか。これまでの人生での様々な出来事が過る。あした誌5・6月号の珈琲待夢「つれづれに」で、鍼灸治療院を開業しての四十年を綴られた。企業戦士であったご主人が病に倒れたことが動機で鍼灸師となり、今は患者さんに乞われ生涯現役の決意。力強い人生が続く。

  今生を下り切れよと山薊   次山 和子

五木寛之氏は『下山の思想』という本の中で、人生を登山に例え、「下山」こそが本当は登山のもっとも大事な局面であると書いている。下山をしながら、自分の来し方や行く末をあれこれと思う余裕も出て来るだろうと。和子さんは登山道に咲く山薊に励まされながら、細心の注意を払って山を下り切ろうとされている。鋭い観察力と博識を活かしての作品多。

  汗浸みしグランドの土持ち帰る   寺田 順

「熱闘甲子園」と題しての十句は、全て夏の高校野球大会。今年の夏の甲子園野球大会は百回目の記念大会。出場校が例年より多いとのことで、全国の高校球児の熱意が伝わって来る。地方大会の激戦をくぐり抜けて来て臨んだ試合で敗れた選手達のグランドの表情を毎年テレビで見る。汗で真っ黒になりながらグランドの土を袋に詰めている球児が目に浮かぶ。

  二十一世紀の水で乱舞のあめんぼう   樋田 初子

「二十一世紀の水」と「あめんぼう」との組み合わせが面白い。酸素と水素の化合物である水は何万年を過ぎても変化をしないと思うが、「二十一世紀の水」と言われると何か不思議に感じられる。自然環境の激変の中で水も変化したのだろうか。カメムシ科の「あめんぼう」も地球に生を得た後、温暖化等で何かが変わったのだろうか。俳諧味のある作品。

  滑舌のニュース聴きいる今朝の秋   戸田 徳子

「滑舌」とは放送業界の用語とのこと。作者はテレビかラジオのニュースに聴き耳を立て、アナウンサーの語り口に引き込まれたのでしょう。筆者も何かの仕事をしながら聴くラジオニュースはテレビよりも聴きごたえがあるように感じられる。NHKのニュースアナはベテランが多く、癖も少なくとても聴きやすい。爽やかな「今朝の秋」にピタリ。

  古俳句の筆跡調べ韮の花   二村 博

常磐大学で教鞭をとられている作者の評論「恒丸と双樹の両吟歌仙」(連句年鑑二十八年版)の中に次の記述があった。『俳諧草稿』双樹自筆(流山市立博物館所蔵)を調べた処、巻頭の恒丸、双樹両吟歌仙二巻は双樹筆ではなく、恒丸の自筆であることがわかった。学究であるが故の発見の喜びを「韮の花」に託して詠まれた句。専門分野のことで難解かも。

  あいの風いざ舟出せむ布施の湖 野島 一枝

「あいの風」の表題で出された十句は、どれもが富山県の地名が付されており、調べて見た。「あいの風」は日本海に吹く東風(鮎の風)で万葉集に詠まれている。「布施の湖」は、氷見市に布施の円山という丘があり、かつて湖が広がっていたと言われる。その湖に「舟出せむ」と、作者は万葉の昔に思いを馳せて詠まれたのではないだろうか。